"目覚めた部下にクビを問われた" 第2話
入ってきたのは、作業着の着を羽織った代半ばの男性だった。森さんの夫、正彦さんだった。 災の夜、病院に駆けつけてきたときの、取り乱していた姿とは打って変わって、その目は私に対して酷な警戒に満ちていた。
正彦さんは私を森さんから引きすようにに割って入ると、インターホンをく押した。 護師と当直の医師が慌ただしく病に駆け込んでくる。
「血圧ががっています。付き添いの方、しにていただけますか」
医師の鋭い声に押されるようにして、私は病のへと押しされた。 カチャリとたい音をててドアが閉まる直、隙から見えた森さんの顔を、私は忘れることができないだろう。
彼女は、夫の腕にすがりつきながら、怯えた目で私を凝していた。 その表は、ののなかで客を助けした誇りきベテランホテルマンの顔ではなかった。
かつて、私が――この私の傲さが、徹底に追い詰めたときの、あの絶望な表そのものだった。
「逆性健忘(ぎゃっこうせいけんぼう)です」
診察の暗いモニターに、森さんの部CT画像が映しされていた。 脳科の田医師は、ボールペンの先で側部のを指しながら、淡々と告げた。
「蓋骨骨折には至っていませんが、爆で壁に叩きつけられた際に、側葉をに広範な脳挫傷と微細な血が見られます。
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幸いにも言語能や体の麻痺、常活に必な般記憶――例えば言葉のや、具の使い方、自分の名などは保たれています」
「記憶が、消えていると……?」
私の声は、ひどくかすれていた。
「ええ。事故の直数の記憶がぶことはよくありますが、彼女のは々範囲が広い。おそらく、直ほどの記憶が、すっぽりと欠落しています」
「……」
その数字を聞いた瞬、私の臓がたいでく握りつぶされたような覚に襲われた。
。 ちょうど、だ。
私が京のホテルマネジメント会社から、赤字垂れ流しだった方旅館「翠閣」の建て直しのために、総支配として送り込まれてきたのが、のだった。
「先、それは……なものですか? の経過とともに、いせるようになるんでしょうか」
「正直に申しげて、確率は分分です」 田医師はカルテから目をし、私を真っ直ぐに見つめた。 「記憶が戻るとしても、断片にしずつ戻るもあれば、何かの拍子に突然繋がることもある。ですが、完全に失われたまま固定化してしまうケースも珍しくありません。何よりなのは、無理にいさせようとしていストレスを与えないことです。脳が防反応として、自ら記憶に蓋をしている能性もありますから」
医師の言葉のすべてが、私に対する罪判決のように響いた。
。 彼女ののから消えったのは、私たちが共に過ごした、あの激の歳そのものだった。
赤字を脱却するために、私が導入した過酷なコスト削減。 客単価をげるための、客オペレーションの抜本な見直し。 最初は「こんなの旅館のおもてなしじゃありません!」と、涙を浮かべて私にってかかってきた森さん。 現の反発をに背負いながらも、私の目指す効率化の図を誰よりもく理解し、最終にはベテラン清掃スタッフたちを説得して回ってくれた森さん。 昨の、稼働率が過最を記録した夜、で事務所でめた缶コーヒーをけて、「支配、悔しいけど、あなたの言う通りにしてよかったわ」と、いたずらっぽく笑ってくれた森さん。
そして――あの災の夜。 非常ベルが鳴り響く、トランシーバー越しに「階の避難確認、私が戻ります! 支配は本館の誘導を!」と、叫ぶように私を押し留めた、あの勇敢な森さん。
そのすべてが。 私たちが築きげてきた、血の通った信頼のすべてが、彼女の脳内から消滅していた。
そして、彼女の記憶が巻き戻された先にあるもの。 それが、の――あの最悪の「初」だった。
診察をると、廊のベンチに森さんの夫、正彦さんが座っていた。
作業着の袖をまくり、荒れた太い指を組んで、じっとを見つめている。