"偽りの仕送りと緑の通帳" 第19話
奈々は君代を子に座らせると、「ゆっくりお話ししてね」とさく笑ってそのをれた。
「……どんなお話なんですか?」
君代がおずおずと尋ねると、元教授は虫鏡を置き、見えない瞳を真っ直ぐに君代の顔へと向けて、静かに語りかけた。
「……『本当の幸せとは何か』ということです」
「本当の……幸せ……」
君代はその言葉を、のでさく反芻した。
そして――ハッと息を呑んだ。
かつて、居で号を張りげた息子の浩の言葉が、稲妻のように義母の脳裏をよぎったのだ。
『俺たちが切にしてきたのは、じゃない! 緒に過ごすや、いやるだったはずだろ!』
元教授は、穏やかな調で語り続けた。
がどれほど富や名声を集めようと、者を支配しようと、最に残るのは孤独だけであること。本当の幸福とは、誰かを許し、誰かに謝し、ただそこにいてくれる命のぬくもりをおしむことのにしかないのだということ。
そのを境に、義母のので、く閉ざされていた氷の扉が、音をてて溶け始めた。
君代はそれから何度も交流会にを運び、窓際の席で元教授と言葉を交わすようになった。元教授の紡ぐ温かい言葉のが、にわたって乾ききっていた義母のを、しずつ潤していったのだ。
そして――のがを包み込むあるの午。
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奈々を通じて、義母から本の連絡が入った。
『真美さんと、浩に……どうしても、直接会って謝罪がしたい』
数、私たちは隣の落ち着いた料理の個に集まっていた。
部には、私と浩、そして男夫婦である義兄と恭子さんのが揃っていた。
襖が静かにき、押しをついた義母が、仲居さんに案内されて入ってきた。
その姿を見た瞬、私たちは息を呑んだ。
かつてふんぞり返り、傲に鳴り散らしていたあの君代の面は、どこにもなかった。背はさく丸まり、顔の皺はくなり、その瞳には怯えと、い悔のが滲んでいた。
君代は席に着くなり、押しを脇に置き、畳のに両をついた。
そして――々と、額が畳につくほどをげたのだ。
「……真美さん。浩。恭子さん、孝司(たかし)さん。……本当に、申し訳ありませんでした」
絞りすような、掠れた声だった。
畳のに、ポタポタと粒の涙が落ちて染みを作っていく。
「私……自分がどれほど恐ろしい、酷いことを言ってきたのか……になって、ようやく分かりました。自分のが悪くなったや老いる恐怖を、全部あなたたちにぶつけて……おでのを縛ろうとして……。謝って済むことではないのは、よく分かっています。許してもらおうなんて、っていません。でも……本当に、ごめんなさい……」
言葉を詰まらせ、嗚咽を漏らしながら謝罪を繰り返す義母。
その姿には、かつての計算やプライドの欠片もなかった。からの、魂の底からの懺悔だった。
部のに、い沈黙が流れた。
男の孝司さんが目元を拭い、恭子さんも静かに涙を流している。浩は腕を組み、井を見げて唇を噛み締めていた。
謝罪されたからといって、これまで私や奈々が受けてきた傷が、魔法のように消えてなくなるわけではない。浴びせられた言葉の刃の痛みは、私の胸の奥に残り続けるだろう。
だが――老いさらばえ、自らの過ちを認めて涙を流すこの齢の女性を、このまま見殺しにして切り捨てることもまた、のではないと私はじていた。
私はゆっくりと息を吐き、畳にをついたままの義母を見つめた。
「……お母さん。をげてください」
君代がおずおずと顔をげる。その目は涙で真っ赤に腫れがっていた。
「お母さんの謝罪を受け入れます」
私が告げると、君代は信じられないものを見るように目を見張り、再びワッと声をげて泣き崩れた。
「ありがとう……ありがとう、真美さん……!」
私たちは改めて、これからの族の距について話しいを持った。
義母から提示されたのは、「お互いを尊し、過度に依しない自した関係」だった。
以のように、嫁を政婦のように顎で使ったり、法な仕送りを求したりする関係は輪際終わりにすること。
義母は自分のの範囲内で慎ましく活し、どうしてもではできない続きやい買いしなどの活支援だけを、私たちつの族で無理のない範囲で分担してサポートする、という条件だった。