"偽りの仕送りと緑の通帳" 第2話
そして、目ので満げに茶を啜ろうとしていた義母を、真正面から見据えた。
「……もう、終わりにします」
静かな、しかし芯の通った私の声が、静まり返った部の空気を鋭く切り裂いた。
君代が湯呑みを元に運ぶを止め、怪訝そうに眉をねげる。
、こので理尽に虐げられ、ただ俯いて謝ることしかできなかった嫁が発した、確な拒絶の志。
私だけではない。私の命よりも切な娘の尊厳まで傷つけられて、黙っていることなど度とできない。
今が最だ。今で、すべてを終わらせる。
義母のからこぼれ落ちた、あの決定な言。
『仕送りをしないは、本物の族じゃない』
その傲極まりない呪いの言葉が、私の背をく突きかした。もう迷いはない。私は、この理尽な義母に対する反撃の、決定な歩を踏みしたのだった。
私の名は、佐藤真美(さとう・まさみ)。今で歳を迎える。
夫の浩(こういち)は私よりつの歳で、現は娘の奈々とで、郊の静かな宅にある軒で暮らしている。
私はもともと、都内にある総商社で般職の事務員として勤務していた。数字を扱い、類を理し、営業社員たちをサポートするその仕事に、私は誇りとやりがいをじていた。
だが、代の終わりに浩と結婚し、数に彼の急な方転勤が決まったことをきっかけに、私は惜しまれながらも会社を退職した。
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見らぬでの暮らしを支えるため、専業主婦として庭に入ることを選んだのだ。
転勤先でもなく娘の奈々を授かったこともあり、にいて子育てに専できる環境は、当の私にとって何よりありがたいことでもあった。
朝起きてから夜眠るまで、が子の成を番くで見守ることができる。初めて寝返りを打った、初めて自分のでちがった、拙い言葉で「おかあさん」と呼んでくれた瞬。そのすべてを肌でじ、子どものの微にどこまでも寄り添った育児ができたと、私は今でも信じている。それは何物にも代えがたい、かけがえのない幸福なだった。
しかし、義母の君代にとって、私のそのき方は「無能の証」でしかなかったのだ。
夫の実に顔をすたび、あるいは義母ががにやってくるたび、君代は私の料理や掃除のき届いた部を見回しながら、笑混じりにこう吐き捨てた。
「真美さんは気楽でいいわよねぇ。にて円も稼ぐ能力がないから、息子の稼ぎにぶらがって優雅に暮らしていられるんだもの。自分で稼ぐ力がない女って、本当に見ていてれだわ」
結婚当初、私はその言葉にひどく傷つき、自分の価値を否定されたようにじて涙を流したこともあった。商社で働いていた頃の経験や資格のことを説しようかともったが、齢の義母にそんな反論をしたところで、余計にを逆撫でし、夫と義母の親子関係に亀裂が入るだけだと自分を戒めた。
義母との関係をこれ以こじらせたくないというで、私はただ曖昧な笑いを浮かべ、嵐が過ぎるのを待つように耐え忍んできたのだ。
そんな私たちの活に暗いが落ちたのは、奈々がになったのことだった。
幼い頃から読が好きで、福祉や理学に関を持っていた奈々は、ずっと制学への学をく希望していた。模試の成績も順調で、志望の格判定も申し分のない結果をしていた。
ところが、まさにその受験直の、夫の浩が勤める堅械メーカーの業績が急激に悪化し、幅な与カットとのボーナス全額支という残酷な現実が突きつけられたのだ。
がの貯蓄は、々の活費とこれまでの学費でギリギリだった。浩の与が減額された状態では、学の入学や授業料を捻することは到底能だった。教育ローンや奨学の利用も検討したが、当の夫の信用状況や将来の返済負担を考えると、額の借を背負わせることは奈々の将来を縛り付けることにもなりかねなかった。