"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第20話
「健さん、く! これを逃したら、もう本当に終わりですよ!」
襖の隙から、父の姿が見えた。 父は、震えるで黒いボールペンを握りしめ、目のに差しされたい類へとペン先をづけていた。 その目は血り、正気を失い、悪魔の囁きに完全に魂を売り渡そうとしていた。
その背で、母が両をわせて祈るように震え、遥が青ざめた顔でち尽くしている。
「待て……」
父が、掠れた声で呟いた。 「俺が……俺が名をけば……全部、助かるんだな……?」
ペン先が、に触れる。
「――そこまでよ!!」
私は、居の引き戸を、轟音とともに蹴りけた。
ガタアン、と引き戸が激しい音をてて鴨居にぶつかり、居の空気が瞬でねがった。
部のにいた全員のきが、彫像のように止まる。 座卓のには、黒革のアタッシェケースがをけ、帯封の巻かれた百万円の札束が筋、然と並んでいた。 その々しい現の横で、父・健はペンを握ったまま、幽霊でも見るような目で私を見つめていた。
父の向かい側に座っていたのは、津だけではなかった。 濃紺の仕てのいいスーツを着た、の角ばった顔の男。名刺入れを弄ぶその指先には、方の産にはない、徹な企業の匂いが染みついていた。 胸元には「本グローバルロジスティクス 法務発部 寺」
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と刻まれた社用バッジがっている。
「……咲」 父のから、掠れた空気のような声が漏れた。 「お……どこへってたんだ。帰って、きたのか……」
「ええ、帰ってきたわよ。お父さんが、このに度目の取り返しのつかない穴を掘るのを止めるためにね」
私は靴を脱ぎ捨てて居にがり込むと、座卓の央、アタッシェケースの札束のすぐ横に、持っていたクリアファイルを叩きつけた。 バシッ、と乾いた音が内に響く。
「な、なんだこれは……」 津が狼狽した声をげ、寺の顔を窺う。 寺は眉つかさず、淡な差しを私に向けた。
「お嬢さん。ご族の事な話しいの最ですよ。部者はを慎んでいただきたい」
「部者?」 私は寺の目を、正面から射抜くように見つめ返した。 「このの処分に関する事同権を持つ、佐伯源造の遺言執対象者、佐伯咲です。こので法な決定権を持っているのは、名義の父ではなく、私のはずですが? 寺法務部」
寺の眉根が、かすかにピクリといた。 私が彼の肩を正確に呼んだことに、警戒のを浮かべたのだ。
「……お父から聞いておりますよ」 寺は声音を変えず、淡々と言い放った。 「お嬢様が頑なに同を拒否し、親兄弟を困窮に陥れようとしていると。客観に見て権利の濫用であり、信義誠実の原則に反する背信為です。
健さんが包括委任状に実印を押していただければ、弊社は直ちに裁判所へ処分代替許の申してをいます。法続きに瑕疵はありません」
「処分代替許?」 私はく、ややかに笑った。 「民法のどの条文を根拠にそんなデタラメを言っているんですか? 共物の分割請求ならいざらず、遺言による確な条件付所権の使に対して、第者の買受希望会社が代替許を申してる法資格など、本の現法規のどこにもしません。裁判所がそんな申してを受理するわけがないでしょう」
寺の唇が、わずかに引き結ばれた。
「それに」 私は机ののクリアファイルを指先で弾いた。 「百万円の損害賠償請求訴訟? 誠実な交渉による遅延損害? 笑わせないでください。売買契約はおろか、拘束力のある仮契約すら締結されていない段階で、買い側の勝な発準備費用を売り主側に転嫁できるはずがない。ただの脅迫よ。民事訴訟をチラつかせて、法識のない齢者をパニックに陥れ、無理やり判を押させるためのね」
「咲……お、何を言って……」 父が青ざめた顔で私を見げる。
私はクリアファイルから、藤政士の事務所で印刷してきた、数枚の公判記録の写しを引きした。 裁判所の事件番号が印字されたその面を、寺の目のへ滑らせる。
「岩裁、令の判決文です。原告はあなたの会社、本グローバルロジスティクス。