"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第16話
居では、母が倒れた座卓の脇に座り込み、腫れがった目で私たちを迎えた。 父の姿はなかった。奥の仏に閉じこもり、襖の向こうから折、いため息と咳払いだけが聞こえていた。
遥を呂に入れ、い湯をませて布団に潜り込ませた、私は祖父の遺品が入った袋を自分の部へ持ち込んだ。
昼、農具の机から回収してきた、祖父の晩の誌。 そして、引きしの奥に突っ込まれていた、埃まみれの類の束だ。
私はスタンドライトのかりので、枚枚、類を改めた。 古い領収、肥料の配表、農協からの通。 その束の底から、枚の、さなつ折りのショップカードが滑り落ちた。
のクラフトに、緑のインクで刻まれたリンゴののロゴマーク。
『神テロワール・ワイナリー&サイダリー 代表・成田敬介』
裏面には、万でかれた祖父の文字が残されていた。
『。成田君来訪。 うちの古の玉と国の酸をく評価。 「このを活かしたシードルを仕込みたい」とのこと。 買い取り価格の相談あり。 坪あたり万千円が限界か。物流の半値い。 だが、この男の目は信じられる。 を殺さない男だ。 健にはまだ言えない。あいつは数字のきい方にしか目が向かない』
臓が、ねがった。
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成田敬介。 その名に、私は見覚えがあった。 京の丸の内にあるオフィスのく、こだわりの材を扱う級スーパーの棚で、そのワイナリーが作ったシードルを見かけたことがあったのだ。 「青森の廃園寸の古から採れた希なリンゴだけで醸造した、無濾過のクラフト・シードル」。 本千円い値にもかかわらず、度のい女性層に売れていると、社内の雑談で聞いた記憶があった。
祖父は、この男と会っていた。 物流会社のような暴力な発業者ではない、別のを、の直まで探していたのだ。
坪あたり万千円。 果園の総面積は約千坪。 もし全域を買い取ってもらえたとしても、千百万円にしかならない。 物流会社の提示額、千百万円より、百万円もい。
だが、もし。 あの物流会社の契約が「から千百万円を引かれる罠」だったとしたら。 確実に元に残る千百万円の方が、佐伯にとって遥かに全で、確実な再起の資になるのではないか?
私は即座にスマートフォンの画面を叩いた。 ワイナリーの公式ウェブサイトを探しし、掲載されている直通の話番号とメールアドレスを控える。 計の針は午を指していた。
私はノートパソコンをき、商社で叩き込まれた企画のフォーマットに指をらせた。
祖父の誌に記されていた、齢を超える玉と国の正確な本数。 傾斜の壌データ、捌けの良さ、照。 そして、祖父が半世紀にわたって除剤を最限に抑え、堆肥で育ててきた壌の履歴。
単なる「の売り込み」ではない。 彼らが求めている「ストーリーとテロワール()」を、ビジネスの言葉で再構築する。 京で、をすするようないで培ってきた私のスキルが、今、んだ祖父の遺志と本の線で繋がっていくのをじていた。
***
午分。 私はレンタカーの軽自をらせ、をつ越えた隣町の丘陵帯にある「神テロワール・ワイナリー」を訪れていた。
がりの澄んだ空気の、緩やかな斜面に然と並ぶリンゴ畑と、黒い杉板張りのモダンな醸造所が朝に輝いていた。 のステンレスタンクが並ぶガラス張りの建のに、作業着に靴姿の男性がっていた。 代半ば、に焼けた精悍な顔ちの男――代表の成田敬介だった。
「佐伯源造さんの……お孫さんですか」
事務所の簡素な製テーブルで、私の名刺と企画を受け取った成田は、驚きを隠せない様子で私を見つめた。
「突然の訪問、変失礼いたしました」 私はをげた。 「祖父の遺品のから、成田さんの名刺と、のメモを見つけました。
祖父の果園の処分について、どうしても成田さんにご相談したく、伺いました」
成田は、私が持ち込んだ企画を、真剣な差しでめくっていった。