"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第15話
というもっともらしい言葉を盾にして、実の貧困からも、両親の老いからも、目を背けていただけだった。 私が京で築いてきた活の台には、妹の犠牲が塗り込められていたのだ。
私は、ぬかるんだに膝をついた。 がストッキングを染め、骨まで凍りつくようなたさが皮膚を刺す。 それでも構わず、私は震える遥の体を、正面から抱きしめた。
「嫌……して……!」
遥が暴れ、私の肩を拳で叩く。 痛かった。けれど、私は腕を解かなかった。 え切った遥の体温が、濡れたシャツ越しにじわりと伝わってくる。
「……ごめん」
私の喉から、震えた声がこぼれ落ちた。
「ごめんね、遥。本当に、ごめん。……私が悪かった。あなたがで背負ってきたものを、見ないふりをしてた」
遥のきが、わずかに止まった。
「でもね、遥。……京は、楽園なんかじゃないよ」
私は遥の濡れた髪に顔を埋めたまま、誰にも言ったことのなかった本音を、ポツポツと零し始めた。
「毎朝満員で押し潰されて、会社にけばミスをのせいにされて、毎終まで残業して……。賃を払って、奨学を返済したら、元には数千円しか残らないだってあった。夜に過呼吸になって、ワンルームのでで朝まで震えてたこともある。『会社をクビになったら、こので野垂れぬしかない』って、毎怯えながらきてる」
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遥の呼吸が、微かに乱れた。
「実に帰りたいって、何度もったよ。でも、帰れなかった。お父さんに『それ見たことか』って笑われるのが怖かったし……何より、帰ったら度と京へ戻れなくなるのが怖かった。私はいなんかじゃない。ただ、怖がりで、っ張りで、逃げした所にしがみつくことしかできなかった、卑怯ななんだよ」
遥の拳から、すっと力が抜けた。
「……じゃあ、なんでよ」 遥の声が、かすかに震えていた。 「なんで、サインしてくれなかったの……。千万円でも残れば、お母さんの術もできたし、私も……」
「残らないのよ、遥」
私は遥の濡れた顔を両で包み込み、まっすぐにその瞳を見つめた。
「藤先に見てもらった特約条項……あれは、本物の罠だった。あの会社はね、をに入れたで、わざと法な壌改良費用を請求してくるの。お父さんには、その請求をね返す恵も、裁判を戦うおもない。もしサインしていたら、お父さんは数ヶに千万円以の借を背負わされてた」
遥の目が、見かれた。
「千万……?」
「そう。そうしたら、お母さんのリハビリどころじゃない。このも差し押さえられて、お父さんは本当に自己破産するしかなかった。……遥、あなたの結婚活はどうなってたとう? 嫁ぎ先に、破産した父親がの無にくのよ。
修平さんのご両親から、なんて言われたとう? そんなの……あなたの逃げになるどころか、獄の始まりじゃない」
遥の瞳が、激しく揺れた。 唇が罠罠と震え、言葉を失っている。
「私ね、サインする寸まで、く売り払って京へ帰りたかった」 私は自嘲気に笑った。 「でも、おじいちゃんが昔言ってたことをいしたの。『り坂でスピードがちまった、番やっちゃいけないのは、怖がってアクセルからをすだけで済ませることだ。誰かが嫌がられても、ペダルを踏み抜かなきゃならない』って」
遥の頬を伝う雫が、なのか涙なのか、もう分からなかった。
「おじいちゃんは、このを守りたかったんじゃない。……私たちを守りたかったのよ。お父さんがパニックになって、族全員を崖から突き落とすのを止めるために、私にブレーキを託したの」
遥のから、ひっく、とさなしゃくりあげが漏れた。 次の瞬、彼女は私の胸に顔を埋め、子供のように声をげて泣き始めた。
「怖かった……お姉ちゃん、私、怖かったの……! 修平さんに嫌われたら、もう私には何も残らないとって……!」
「うん。うん……分かってる。分かってるよ、遥」
私はまみれの妹を、抱きしめ続けた。 トタン根を叩く音は、まだ激しかった。 だが、暗ので寄り添うの体温だけが、凍りついた夜ので確かに灯っていた。
***
午。 がようやくりになった頃、私はだらけの遥を連れて実へ戻った。