"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第6話
「結構です」
私は言い捨て、バッグを肩にかけた。
「咲!!」
背から、父の号が響いた。 それは、かつて私が京の学へくと決めたあの夜に聞いた声と、全く同じだった。 りと、絶望と、自分の無力さをのせいにする、しい男の叫び。
「おはもう、俺の娘でも何でもない! 今すぐ京へ帰れ! 度とこのの敷居を跨ぐとうな!」
私は振り返らなかった。 振り返れば、に崩れ落ちて泣いている母の姿や、私を憎悪の目で見つめる遥の顔が見えてしまう。 奥歯をく噛み締め、相談のいドアノブにをかけた。
「――咲さん」
く、落ち着いた声が私を引き止めた。 司法士の松永だった。
松永は、り狂う父や取り乱す津を瞥もせず、静かに子からちがると、私の元へと歩み寄ってきた。 そして、私のコートのポケットに、たい属の塊を滑り込ませた。
それは、使い古されて角の丸くなった、本の真鍮の鍵だった。
「これは……?」
私が息を呑んで見げると、松永は鏡の奥の目をわずかに細め、誰にも聞こえないほどの声で囁いた。
「果園の奥にある、源造先の農具の鍵です」
「農具……?」
「先は、この遺言を作成された、私にこうおっしゃいました」
松永の声は、静かに私のの奥へ染み込んでいった。
『健は気がさくて、追いつめられると目ののしか見えなくなる。
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遥もまだ若い。あいつらにあのを任せたら、必ず喰い物にされる』
松永は、私の目をじっと見つめた。
『だが、咲ならち止まる。あいつは度のたいに吹かれてきてきたからな。もし咲が、契約の席で「あのがどうなるのか」と問うたら、この鍵を渡してやってくれ』
臓が、ドクンときくねがった。
おじいちゃんは。 最初から、こうなることが分かっていたのだ。 父が焦ってを売ろうとすることも、怪しげな業者が群がってくることも。 そして、私がその契約を止めることも。
「先が遺されたノートが、あのの机の引きしにあります」 松永は言った。 「あなたがどう決断されるにせよ、それを見てからでも遅くはないはずです」
私は、ポケットのの真鍮の鍵を、指先でく握りしめた。 錆びた属のたさが、痛いほどのひらにい込む。
事務所のへると、どんよりとした鉛のが空を覆っていた。 から吹きろすたいが、私の頬を容赦なく叩く。
京へ帰る幹線のは、まだ何も先だった。 だが、今の私には、駅へ向かうなど歩も残っていなかった。
私はコートの襟をて、を踏み入れていなかった、あの忌まわしい果園の広がるの方角を見げた。 の奥から、枯れ果てたりんごの々が擦れう、乾いた音が聞こえたような気がした。
、逃げるようにびした実の子供部は、息がくなるほどえ切っていた。
夜の、油ファンヒーターの灯油が切れた警告音がピーピーと鳴り響いていたが、誰も油にこうとはしなかった。 い羽毛布団をまで被っても、隙が首筋を撫でる。 畳の隙からちる、古びた藺と湿ったの匂い。 京のコンクリートに囲まれた畳では決して嗅ぐことのないその匂いが、私の胃の奥を鉛のようにく締め付けていた。
結局、もできなかった。
朝、軋む階段をりて台所へ向かうと、母の恵子がすでに板のにっていた。 膝を庇うように自然に体をへ預け、蛇からるたいで根を洗っている。 シンクに当たるの音だけが、暗い台所に響いていた。
「……お母さん、代わるよ」
私が声をかけると、母の背がビクッとねた。 振り返った母の顔には、気というものがまるでなかった。目のにはの隈が落ち、結び直したばかりの髪交じりの髪が乱れて額に張り付いている。
「咲……起きてきたのかい」
母の声は、まるで罪に接するかのように余所余所しかった。 私が根を受け取ろうとを伸ばすと、母はすっとを引き、ボウルを自分の胸元へ引き寄せた。
「いいよ。京の仕事で疲れてるんだろう。
触らなくていい」
「仕事は今、休みを取ったから」