"母を遠ざける姉の嘘" 第11話
あの男は、親切そうな顔をしてそう言った。 吐き気がした。 ご自の? そんなもの、今さら私にどうしろって言うの? で婚活に失敗して、正社員の仕事を辞めて、友達の連絡先も全部消して、この暗いでお母さんのの世話をしてきた私のは、どうなるの? が入ってきて、お母さんがデイサービスで笑って、に謝するようになったら、私は何のためにここにいるの? 誰にも渡さない。 「母は見りが激しく、が入ると精神が崩壊します。部の支援は切です」 類を突っ返して、男を追いした。 お母さんには「役所のが、お母さんを施設に放り込もうとしてる」と教えた。 お母さんは青ざめて私の腕にしがみつき、「美咲、私を捨てないで」と泣いた。 嬉しかった。 お母さんは、私がいなきゃきていけない。 それでいい。このには、私とお母さんだけでいい。 京のあの子も、役所のも、絶対にここに入れない。
の端を握りしめる私の指先から、血の気が完全に引いていた。
吐き気と、悪寒。 のない客の寒さとは違う、体の芯から湧きがるたい震えが、止まらなかった。
美咲は、追い詰められて母親を囲い込んだのではなかった。 最初こそ、善と犠牲だったのかもしれない。 けれど、いつのにか――姉は、母親の「自由」
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と「尊厳」を奪うことでしか、自分自の価値を確認できなくなっていたのだ。
部の支援を拒絶し、デイサービスを悪者に仕てげ、母親を孤させ、恐怖で縛り付ける。 「私がいなきゃきていけない母親」を、美咲自ので、計画に作りげていた。
そして、その閉じた檻を維持するために、私が邪魔だったのだ。 京で働き、仕送りを送り、母にの世界のを運んでくる妹のは、美咲が築きげた歪な王国の秩序を脅かす、何よりも恐ろしい毒だったのだ。
「……何やってるのよ、お姉ちゃん」
暗ので、乾いた声がこぼれ落ちた。 りよりも先に、底れないれみと、そして恐ろしさが胃の底に沈殿していった。
私はファイルを元の位置に慎に戻し、押し入れの襖を閉めた。 もできなかった。 畳のに毛布をかぶり、井の目をじっと見つめているうちに、障子の隙から青い朝のが差し込んできた。
午半。 台所から、ガタゴトとさな物音が聞こえてきた。 私が音をてないように客をると、そこには着のにウインドブレーカーを羽織った美咲の姿があった。
テーブルのには、コンビニのおにぎりがつと、千円札が枚、そして乱暴なメモが置かれていた。
『半の田発の幹線に乗りなさい。 お母さんは薬でまだ眠ってるから、起こさずにていくこと。
度と来るな』
美咲は私が起きてきたことに気づくと、瞬だけ線を鋭く尖らせたが、すぐに蔑むようなたい表を作った。
「起きたの。……言っておくけど、私はこれから午、臨の仕事が入ってるの。あんたが駅へ向かうのを見届けるはないわ」
「……お姉ちゃん」
「言い訳も、綺麗事も聞きたくない。鍵はポストに入れておきなさい。……お母さんには、あんたが朝番で京に逃げ帰ったって伝えておくから」
美咲は私の横をすり抜け、靴を履いた。 その背は細く、どこか張っていた。 玄関の引き戸がかれ、たい朝の空気が流れ込む。 バタン、と乱暴に戸が閉まり、軽自のエンジン音がざかっていく。
のに、再び苦しい静寂がりてきた。
私はメモと千円札を見つめ、それからさく息を吐いた。 帰るわけがなかった。 こんなものを突きつけられて、しく京きの幹線に乗るがどこにいる。
私は居の茶箪笥に向かい、引きしをけた。 母の保険証と、介護保険証、そしてお薬帳。 それらを自分のバッグに滑り込ませた。
奥の寝から、かすかに母の寝息が聞こえてくる。 まだ薬が効いている。起きるまで、あとはかかるはずだ。
私はコートを羽織り、をた。 目指す所は、駅ではなかった。 昨夜の記にかれていた、あの所――田の域包括支援センターだった。
*
午過ぎ。 役所の支所に併設された域包括支援センターの自ドアをくぐると、フロア内にはの匂いと、静かな話の応対の声が満ちていた。