みかん小説
本棚

"母を遠ざける姉の嘘" 第10話

、番の幹線でていきなさい。度と、このの敷居を跨ぐんじゃないわよ」

美咲はそれ以、私と目をわせようとはしなかった。 背を向け、台所へ向かうと、ガタガタと乱暴な音をてて薬の準備を始めた。

その夜の事は、獄のような沈黙のでわれた。 美咲が買ってきたスーパーの惣菜の煮物と、えたご飯。 母は美咲の顔を窺いながら、まるで械のように箸をかし、言も喋らなかった。 美咲もまた、私を空気のように無し、械に母の元を拭き、薬をませた。

午。 美咲は母を寝へ連れてき、襖をピタリと閉めた。 そして、私を瞥もせず、玄関をて自分のアパートへと帰っていった。 『の朝に、あんたを駅まで送るを呼んでおくから』 そう言い残して。

のに、苦しい静寂が戻ってきた。 母の寝からは、微かな寝息しか聞こえない。眠薬をまされたのだろう。

私は、かつて私と美咲が子供代を過ごし、今は物置同然の客になっている奥の部に入った。 のない部は、底えがした。 息がくなる。 私はコートを着たまま、畳のに置かれたい煎餅布団に腰をろした。

悔しさと、無力で、胸が張り裂けそうだった。 美咲の言う通り、私にはの実績がない。 母の排泄物を片付けたこともなければ、々の痛みに付きったこともない。

広告

その圧倒な「事実」のに、私はただ、怯える母を見ていることしかできなかったのか?

眠れるはずもなかった。 えた体を温めようと、部の隅にある古びた押し入れをけた。 予備の毛布を探すためだ。

段には、客用の座布団と、埃をかぶった段ボール箱が積まれていた。 番奥の段ボールをかした、その背の隙に、何かが然と並べられているのが目に入った。

「……これ、何?」

を伸ばし、引きずりしてみる。 それは、黒いで製本された、冊以の分いA4サイズのフラットファイルだった。

背表には、几帳面な美咲の跡で、号が記されている。

【平成 母・介護誌】 【平成 母・介護誌】 【平成……】

今のものまで、丸分。 然と、狂気じみた正確さで並べられていた。

私は躊躇いながらも、番にあった、――母が膝の術を受けたのファイルをいた。

そこには、毎の母の起、血圧、体温、排泄の回数、べた事の内容が、几帳面な黒インクでびっしりと記録されていた。 最初は、献な介護の記録に見えた。

けれど。

ページをめくっていくうちに、私の指先が凍りついた。

を埋めるように、赤インクでき殴られた、美咲の「記」。

【】 千佳からLINE。お盆に帰省したいと言ってきた。 断った。お母さんの体調が悪いと嘘をついた。

千佳はあっさり引きがった。京で友達と旅にくらしい。 憎らしい。あの子は何も失わずにきている。 お母さんには「千佳は仕事が忙しくて帰れないって」と伝えた。 お母さんはしそうに頷いた。 それでいい。お母さんは、私だけを見ていればいい。

【】 千佳から仕送り万円。 通帳を記帳してお母さんに見せた。 「千佳がおだけで済ませようとしてる」と言ったら、お母さんは泣いた。 私に「美咲、いつもありがとうね」と言ってくれた。 お母さんのを握った。 このは、私だけのものだ。 京のあの子には、絶対に触らせない。

文字が、歪んでいた。 インクがを突き破らんばかりの圧で、憎悪と執着がき殴られていた。

そして、私は見てしまった。 、美咲が歳になったの、あるの記録を。

そこにかれていた数の文章を目にした瞬、私の喉の奥から、息が完全に止まった。

の。

美咲が歳になったばかりのその、乱暴にる赤ペンの跡は、をえぐるようにく刻まれていた。

【】 域包括支援センターの男がまたに来た。 お母さんの膝の術の経過を見て、介護2の認定がりる能性がいと言ってきた。 週に回のデイサービスと、訪問入浴と、リハビリ。 介護保険を使えば、自己負担は割で済むと。

「美咲さんも、これでしご自のを持てますよ」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: