"母を遠ざける姉の嘘" 第1話
「まだ、お母さんのことってるの?」
曜の夜過ぎ。 呂がりに濡れた髪をタオルで拭いていた私のに、受話器の向こうから届いたその声は、あまりにもさく、ひどく怯えていた。
信じられなかった。 ディスプレイに表示されていた局番は「0268」。野県田にある、私の実の固定話の番号だった。
「……お母さん?」
ぶりだった。 母の声を直接にするのは、本当に、丸ぶりのことだった。
「聞こえる? 千佳……そこにいるの?」
掠れた、どこか頼りなげな声。 記憶のにある母の声よりも、ずっとく、乾いて、老いていた。 私の胸の奥で、カチリと何かが凍りつく音がした。
「うん、聞こえてるよ。お母さん、どうしたの? 自分で話かけてくるなんて……体、丈夫なの?」
「あのね……今、届いたのよ。綺麗な蘇のお菓子と、のストール」
の母の歳、古希の誕にわせて送った荷物だった。 私は京の本にある老舗の菓子で、母が好きだった蘇餡の求肥を取り寄せ、デパートで触りのいいカシミヤのストールを選んで、野の姉の自宅宛てに送っていた。 母に直接送らないのは、ここずっと守らされてきた「絶対のルール」だったからだ。
『お母さんは今、の起伏が激しくて、誰からの荷物でも急に届くとパニックを起こすの。
広告
荷物は全部、私のに送って。私が体調を見計らって持っていくから』
歳の姉、美咲からそう厳しく言われていた。 だから今回も、姉のマンションへ送り、姉のLINEに「お母さんに渡してね」とメッセージを入れていたのだ。
「届いたんだ……よかった。サイズ、丈夫だった? し派かとったんだけど、は古希のお祝いのだから」
「うん……すごく、温かいわ。も読んだのよ。千佳の字、昔と変わらないね」
母の声が、ふっと湿り気を帯びた。 そして、冒の言葉が、もう度繰り返されたのだ。
「でもね、千佳……お母さん、ずっと怖かったのよ。あんたに話するの。今も、が震えて、番号を回も押し違えちゃって……」
「え? どうして? 私がってるって、何のこと?」
私はソファーに座り直し、濡れたタオルを膝のに落とした。 部のエアコンの温かいが、首筋を撫でていく。奇妙な胸騒ぎが、胃の底からせりがってくる。
「だって……あんた、ずっとってるんでしょう? あの、お父さんがくなった……千佳を京の私学にかせるために、無理して仕送りしたせいで、の貯が底をついたからって……あんた、お母さんのこと、んでるって……」
「……は?」
喉の奥から、乾いた息が漏れた。
「何を言ってるの? 私、そんなこと言も言ったことないよ。奨学だって自分で返したし、お母さんをむなんて、そんなわけないじゃない」
「でも……」
母の声が、途切れ途切れになる。
「美咲が……言ってたのよ」
受話器を握る指先に、ぎゅっと力がこもった。
「お姉ちゃんが?」
「うん……千佳は京で派な仕事をして、お洒落な友達もたくさんできて、もう田舎のことなんていしたくもないんだって。が自由になって、もくなったみじめな母親の顔なんて、見たくもないんだって……お盆も、正も、美咲が『たまには実に帰って顔を見せてあげて』って頼んでも、千佳が『忙しいから無理、帰る理由がない』って、話をガチャ切りしたって……」
のが、真っになった。 血の気が引いて、の先からたさがいがってくる。
嘘だ。 全部、嘘だ。
「違う……お母さん、違うの! 私、毎お盆も正も、休使って帰ろうとしてたんだよ! 幹線のチケットだって取ろうとしてた! でも、その度に美咲ちゃんが――」
『お母さん、先週また眩暈で倒れたのよ』 『あんたが京から急に帰ってきたら、気を使って余計に倒れちゃう』 『京の匂いを持ち込まれるだけで、今のあの子は神経過敏になるの』 『帰ってこないで。それが番の親孝だから』
。 お盆の、末の押し迫った期、ゴールデンウィーク。 私が野へ帰る提案をするたび、姉はLINE越しに、あるいは話越しに、くたい声でそう言って私を拒絶してきたのだ。
「私、帰ろうとしてたの! お姉ちゃんが、お母さんの具が悪いから来るなって言ったの! 私に会うと発作が起きるから、顔を見せないでくれって――」