"教室の最後列に座る元教員" 第6話
(気づかれた……?)
いや、そんなはずはない。私はいつも会が完全に終わるに抜けしていた。彼が教をるに、姿を消していたはずだ。
ただの偶然だ。彼も帰る途なのだ。
私は息を止め、俯き、に彼の脇を通り抜けようとした。
距はメートル。メートル。メートル。
彼の元から、カチリと缶を握り潰す微かな音が聞こえた。
私は線を面に落としたまま、老いた体に鞭打ってをにした。通り過ぎる。あと歩で、すれ違える。
そのだった。
「――柴田先」
く、錆びついた鉄のような声が、私の鼓膜を震わせた。
私のは、まるでそのに縫い付けられたかのように、ぴたりと止まった。
全の毛穴がき、たい汗が背筋を伝い落ちる。
振り返ることができない。首が鉛のようにく、息を吸い込むことすらできなかった。
健は、ガードレールから体をした気配がした。
だが、私の正面に回り込んでくるわけでも、鳴り散らすわけでもなかった。
彼は私の真ろ、歩ほどれた所にち止まり、私と同じ方向を見つめたまま――つまり、私の背に向かって、静かに言った。
「あの席、あと何座るつもりですか?」
が止まった。
周囲の宅の物音も、くのの音も、すべてが掻き消えた。
私のには、自分の臓の破裂しそうな鼓と、彼の静かな呼吸音だけが響いていた。
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彼は、っていたのだ。
今だけではない。
に入ってからだけでもない。
学のの、あの体育館の片隅に私がいたことも。
の説会で、廊の窓から彼を見ていたことも。
の最の者面談の待席で、私が息を潜めて座っていたことも。
彼は最初から、すべて気づいていたのだ。
。
彼は自分が蔑まれ、追いされた学の教で、自分を罪に仕てげた張本に、真ろから見つめられ続けていたのだ。
それをりながら、彼は度も振り返らず、度も声を荒らげず、黙って背を丸めて座り続けていた。
「健……君……」
私の喉から絞りされたのは、みっともなく震える、掠れた空気の塊だった。
振り返ろうとした私のに、彼がさく、で笑うような乾いた息の音が届いた。
「……悠は、盗みなんかしてませんよ」
その言が、私のから容赦なく振りろされた。
「あんたが配しなくても、あいつはのなんか取らねえ。……俺がそう育てたからな」
健の音が、アスファルトを踏んできした。
私の横をすり抜け、の差しのへと歩いていく。
作業着の裾がに揺れ、械油の匂いが私の腔をかすめた。
彼は度も、私の顔を見ようとはしなかった。
ただその広い背を、りでもみでもなく、どうしようもない軽蔑と疲労に染めげながら、坂をっていった。
私は、散り敷く桜の絨毯のに、たったで取り残されていた。
膝がガクガクと震え、提げ鞄を取り落としそうになる。
『あの席、あと何座るつもりですか?』
彼の声が、ので何度も、何度も霊していた。
私は彼を見守っていたのではなかった。
彼が私を、その沈黙の背で、ずっと見据え続けていたのだ。
そして私のの奥底に隠された、汚い偽善の皮を、たった言で剥ぎ取ってっていった。
のはく眩しく、界が滲んで歪んでいく。
私はそのから歩もけないまま、ざかる彼の背が曲がり角の向こうへと消えていくのを、ただち尽くして見送るしかなかった。
桜の散る坂で健に背を見送られてから、私は晩、まともに眠ることができなかった。
カーテンを閉め切った暗い自宅のリビングで、めた番茶をにで座り込んでいると、の奥であのくしゃがれた声が何度も蘇った。
『あの席、あと何座るつもりですか?』
『悠は、盗みなんかしてませんよ。あんたが配しなくても、あいつはのなんか取らねえ。……俺がそう育てたからな』
鳴られたわけではなかった。胸ぐらを掴まれたわけでもなかった。
ただ、淡々と、吐き捨てるように告げられた。その静けさが、かえって私の骨の髄まで凍りつかせた。
私はちがり、壁に掛けられた額縁に目をやった。