"教室の最後列に座る元教員" 第5話
派な退職を受け取り、束を抱えて学をる、私は自分が『派な教育者』としてを全うしたのだと、自分に言い聞かせていた。
すべては、のあのまで。
定退職してが過ぎた、私は買い物の帰りに、かつて勤務していた第学のを偶然通りかかった。
正のには『入学式』の板が掲げられ、桜吹ので、真しい制を着た親子連れが記写真を撮りっていた。
その混みので、私は彼を見つけた。
物の、サイズのっていないスーツを着た男。
余の歳は、かつての気なを、すっかりくたびれたの労働者へと変えていた。
だが、あの特徴な広い肩、しに傾いたち姿、そして器用そうに周囲を窺う横顔。
健だった。
彼の隣には、ブカブカの学ランを着た、線が細く背のいがっていた。
健は、の裕福そうな親たちの輪からしれた所にち、息子のネクタイを器用なつきで直してやっていた。
その仕には、痛々しいほどのと、そしてかつて学という所に拒絶された特の、怯えのようなものが滲みていた。
『悠』とかれたクラス名簿を指差し、息子に何かを話しかけている健の横顔を見た瞬、私ので、に理科準備のに落としたはずの罪のが、何倍もの質量を持って臓を押し潰した。
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彼は、きていた。
私が彼の青を奪い、学から追いしたにもかかわらず、彼は逃げさずに働き、子供を育て、そして再び、息子をこの『学』という理尽な所に送り届けに来たのだ。
そのから、私の奇妙な巡礼が始まった。
息子である悠君が、父親と同じように学で孤していないか。
父親が卒の労働者であることで、教師たちから理尽な偏見を持たれていないか。
健は、かつて自分がわった絶望のせいで、学という組織を憎み、息子を歪んだ形で育ててはいないか。
それを確かめずにはいられなかった。
私はかつての同僚に連絡を取り、保護者会の程を調べげ、元を隠して教の最列に滑り込んだ。
学の、健は度も保護者会を休まなかった。
周囲が母親ばかりの、油まみれの作業着のまま、肩の狭そうにパイプ子に座り、担任の話を言も漏らすまいとノートにメモを取っていた。
その姿を見るたびに、私の胸は激しく痛んだ。
(ああ、彼はまっとうに父親をしている)
(私のせいでを狂わされたけれど、彼は投げさずにきている)
その事実に堵する方で、私はその堵のに潜む、自分自の醜い理に気づいていた。
私は、彼を見守っていたのではない。
彼がちゃんと父親をやれている姿を見ることで、「私の過ちは、彼のを決定に破滅させたわけではなかったのだ」
と、自分を免罪したかったのだ。
私は結局、歳になってもなお、自分の保のために彼を利用していたに過ぎなかった。
坂をる私の取りは、鉛のようにかった。
のから百メートルほどれた、宅の桜並。
散り急ぐびらが、アスファルトのにい吹き溜まりを作っている。
もう度と、あの席には座れない。
に警告されたからではない。
今、受付簿の自分の名を見た、吐き気を催すほどの自己嫌悪に襲われたからだ。
「これで、終わりよ」
私は誰にともなく呟いた。
「もう、私のる幕じゃない。悠君はになった。健君は派にやっている。私がのこのこ張って、罪滅ぼしの真似事をするなんて、滑稽なだけだわ」
そう自分に言い聞かせ、胸の痛みを押し殺そうとした。
歩の先、曲がり角のに、自販売が置かれたさな空きがあった。
その脇のガードレールに、の男がもたれかかっていた。
紺の作業ジャンパー。
背の、黒い油染み。
健だった。
彼は片をポケットに突っ込み、もう片方ので缶コーヒーをに運んでいた。保護者会が終わってから、悠君を待っているでもなく、ただそこにち尽くしているように見えた。
私の臓が、喉からびそうになるほど激しくねた。