"教室の最後列に座る元教員" 第2話
「……先。ご無汰しております」
私は努めて平静を装い、教師としての古い会釈を返した。
だが、の表はかった。普段の教育者らしい柔な笑みはどこにもなく、その目は私を値踏みするように、じっと射抜いていた。
「先、しおをいただけますか。応接でお茶でも、と言いたいところですが……ここでにお話しした方がよろしいでしょう」
は元に抱えていた黒い革張りのバインダーをいた。そこには、数枚のコピー用が挟まれていた。
目見て、血の気が引いた。
それは、学とのに置かれている『学訪問者受付簿』の綴りだった。
「これをご確認いただけますか」
が指し示した欄には、私の跡が並んでいた。
『柴田信子 元教員・教育相談』
『柴田信子 参観』
『柴田信子 元職』
「、私が第学に着任した際、過の保記録の理をいました。その、警備員から奇妙な報告があったのです。退職されたはずの柴田先が、毎の特定のにだけ、決まって来されていると」
の声はく、事務だった。
「初めは、昔の同僚を訪ねてこられたのかといました。しかし、先が職員にち寄られた記録はありません。先は常に体育館、あるいは階の教。……悠君のクラスの保護者会でした」
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私は唇を結び、何も言えなかった。乾いたのが、元で桜のびらを巻きげていく。
「悠君が学を卒業した、これで終わるのかといました。ですが、まさかとい確認したところ……先は今、このの受付にも同じお名を残されていた。これで、回目です」
はバインダーを閉じ、私を真っ直ぐに見つめた。その瞳の奥には、かつての先輩教員に対する敬と、それ以にい警戒が渦巻いていた。
「柴田先。悠君は、先が退職されたにうちの学に入学した徒です。先の授業を度も受けていません。親族関係も調べさせていただきましたが、柴田とに血縁関係はない。……失礼を承で伺います。先は、あの徒とどういうご関係なのですか?」
「先、それは……」
「昨今、学現における個報の管理や、部者のち入りには極めて厳しい目が向けられています。いくら功績のある元教員とはいえ、関係のない徒の保護者会に元を偽るような形で紛れ込まれては困るのです。何かトラブルでもあるのですか? それとも、あの庭に個な銭の貸し借りでも?」
『銭の貸し借り』という言葉がにび込んできた瞬、私の胸の奥で、眠っていた黒い澱が激しくねた。
喉が引きつり、呼吸が苦しくなる。
かつて私が教壇のから、疑いの目を向けた徒たちに浴びせてきた徹な線。それが今、そっくりそのまま自分に向けられているのだと悟った。
ここで適当な嘘をついて逃げることもできた。「教育研究の資料集めだった」とでも言えば、輩であるはそれ以踏み込めなかったかもしれない。
だが、私の膝はさく震えていた。嘘をねるには、私はもうを取りすぎていた。
「違います」
私のから漏れた声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「先。あの子は……悠君は、私の徒ではありません」
「では、なぜ毎」
「私が借りを返せていないのは」
私は胸元をく押さえ、線を落とした。
アスファルトの隙から伸びた雑が、踏みつけられて黒ずんでいる。
「あの子の父親なんです」
「……父親?」
が審そうに眉をひそめた。
「健さんのことですか? 彼が何か?」
私はゆっくりと顔をげた。の眩しい差しが、私の老いた目を容赦なく射抜いていた。
「、私がまだ自分の正しさを欠片も疑っていなかった頃……私が、彼のを壊しました」
は息を呑み、それ以言葉を挟むのをやめた。教育者であれば誰もがの底に抱えている、取り返しのつかない過ちの気配を、私の声から察したのだろう。
「もう度と、敷内にはち入りません。
受付の名簿も、これが最です。……ですから、どうか」
私はくをげた。教員活のすべてを否定されるような屈辱と、ようやく言葉にできたという奇妙な痛みが、背をたく濡らしていた。