"愛人の妊娠を信じた夫と15年前の無精子症診断書" 第1話
私はに持っていた急須をテーブルに置いた。
目のの景を静かに見ろす。
今で48歳になる夫の健が、フローリングのに額を擦り付けている。
見事なまでの座だった。
テレビから流れるバラエティ番組の笑い声だけが、ひどく違いに響いている。
健はに向かって叫んだ。
「俺は彼女とやり直したい」
健の肩が微かに震えている。
「だから俺と婚してくれ」
に向かって叫ぶ夫の声には、どこか劇の主公を気取るような響きがあった。
私は静かに息を吸い込む。
そして、ゆっくりと吐きした。
りやしみといったは、議なほど湧いてこない。
ただ目ので平伏す夫のくなりかけた頂部を見て、ひどく滑稽だとじただけだった。
私は線を横に移した。
ソファには22歳になる娘のナナが座っている。
ナナはスマートフォンから目をすこともなく、ただでふっと笑った。
「パパも若いよね」
ナナの指先がスマートフォンの画面を滑っていく。
「20歳って私よりじゃん」
その声には、父親の貞を責める響きは微もなかった。
むしろ面いゴシップでも聞いているかのような、ややかで楽しげな響きが含まれている。
ナナは私と血の繋がった娘ではない。
15、私が健と結婚したに引き取った、彼と妻とのの子供だった。
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健が顔をげ、すがるような目で私を見た。
「笑い事じゃないんだ。俺は真剣なんだよ」
その目には、私が泣き叫びすがりついてくると信じて疑わない傲さが透けて見えた。
15、私はこので度も声を荒げたことがない。
健のわがままにも、ナナのたい態度にも、義母の嫌にも、ただ静かに耐えてきた。
だから彼らは、私が何を言われても反抗しない都の良いだとい込んでいるのだ。
健は胸を張り、真剣な表を作った。
「ゆみ、聞いてくれ。美はまだ20歳なんだ。これからのがある」
健はまるで、自分がいかに責任のい男であるかをアピールするかのように語り始めた。
「俺の子をごもった彼女を見捨てるわけにはいかない」
健は私の目を真っ直ぐに見つめた。
「君なら、この俺の苦しい決断を分かってくれるだろう」
私は夫のから発せられる勝な言葉の羅列を、ただ黙って聞いていた。
自分の娘よりの女性にをしておいて、何が苦しい決断だろうか。
胸の奥でさくたい炎が燃えがるのをじた。
しかし、私の表は穏やかなままだったはずだ。
私は静かにをいた。
「そう、彼女が妊娠したのね」
私がそう言うと、健はほっとしたように顔を綻ばせた。
「あ、そうなんだ。君には本当に申し訳ないとっている」
健はげさに首を振った。
「でもこれも運命なんだよ。俺と美の、逃れられない運命なんだ」
運命。
そのっぺらい言葉に、私はわず笑みを零しそうになった。
リビングの壁に掛かった計の秒針が、カチ、カチ、と無質な音を刻んでいる。
こので過ごした15という歳が、まるで砂のように指のからこぼれ落ちていく覚があった。
私はゆっくりとちがった。
リビングの隅にある自分の鞄に向かって歩く。
健とナナの線が、私の背を追っているのをじた。
私は鞄のから、1枚の緑のを取りした。
それを持って再びテーブルに戻る。
健の目のに、そのを静かに置いた。
「はい。婚届」
私はペンをの横に添えた。
「側はもういてあるから、あなたが側を埋めて」
私の言葉に、健は目を丸くして固まった。
ソファに寝そべっていたナナも、ようやくスマートフォンから顔をげる。
ナナは驚いたように私を見た。
「え、ゆみ、これ婚して欲しいんでしょ」
ナナは角をげて笑った。
「ちょうど良かったわ。私も同じことを考えていたところだから」
健は私が取り乱すとっていたのだろう。
予の静な態度に、彼はらかに揺していた。
健は震えるで婚届に触れようとする。
しかし、その指先は僅かに宙を彷徨っていた。
「いや、でも財産分与とか、これからの活とか……そういう話は……」
私は健の言葉をたく遮った。