"「この子は俺の子じゃない」" 第1話
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計の針が度同じ数字をなぞり、朝のが曇りガラスの向こうでく濁った頃、産婦科のい扉が内側からいた。
消毒液の刺激臭と、鉄のような々しい匂い。 汗で肌に張り付いたブラウスが、のに触れてぞっとするほどたい。
が鉛のようにかった。 分娩台の脇にち続け、声を枯らして叫ぶ背をさすり、血と羊にまみれたシーツを見つめ続けたは、私の体から最の分まで吸い尽くしていた。
それでも、私は唇の両端を無理に引きげ、笑おうとした。
自ドアの向こうには、子からね起きるつのが見えていたからだ。
「紗枝! 終わったのかい?!」
最初に駆け寄ってきたのは、私の母だった。 には、昨夜から抱え続けたままの束があった。包装は母の汗でぐしゃぐしゃに湿っている。 そのろから、義母が震える両で産祈願の赤い御守りを胸に押し当て、義父は杖を鳴らしながらを乗りしていた。
「無事なのか、紗枝さん。男の子か? 女の子か?」 義父のしわがれた声が、朝の静かな廊に響き渡る。
「……元気な、男の子です。千百グラム。母子ともに、無事です」
私の喉は張り裂けそうにかすれていた。 それでも完璧な「産の母親の顔」を作らなければならなかった。 眉をげ、疲労と歓を半分ずつ混ぜわせたような、このカ、鏡ので何百回も練習してきたあの笑顔。
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「ああ……本当によかった。、よく頑張ったねえ、紗枝……」
母が涙をこぼしながら私の肩にを伸ばそうとした、その瞬だった。
廊の壁際、非常階段へと続く暗い窪みに、ずっとったままだった男がいた。 私の夫、健太だった。
健太は私たちがロビーにてきてからも、歩も寄ってこなかった。 両をスラックスのポケットに突っ込み、ひどく痩せこけた顔をうつむかせている。目のには、黒い墨を塗りたくったような隈が張り付いていた。
「健太」
私は彼を呼んだ。 線で図を送る。 ――終わったのよ。計画通りよ。あとはあなたが、お父さんたちを宥めて、段取り通りにめる番でしょう?
健太はゆっくりと顔をげた。 その目は、歓でも堵でもなく、まるで処刑台にがった罪のように乾ききっていた。
彼は歩、両親たちの輪に向かってを踏みした。
義母が満面の笑みで振り返る。 「健太、おめでとう! あなたもお父さんになったのよ!」
健太はを止めた。 両親と義両親、そして私の顔を、ゆっくりと、恐ろしいほど平坦な線で見渡した。
そして、喉の奥から絞りすように言った。
「お祝いは、いりません」
廊の空気が、ぴたりと凍りついた。
母のから、束がカサリと音をてて滑り落ちそうになる。 義父が怪訝そうに眉をひそめた。 「……健太? 何を言っているんだ、疲れているのか」
健太は息を吸い込んだ。 その胸のきが、はっきりと目に見えるほどきかった。
「この子は、俺の子じゃありません」
誰も息をしなかった。
蛍灯のジーというい音だけが、井からり注いでいた。 母の顔から血の気がサーッと引いていくのが見えた。義母はいたを塞げないまま、健太と私を交互に見つめている。
「……健太、お……何を馬鹿なことを……」 義父の声が震えていた。
「言葉通りのです」 健太は逃げなかった。父親の目をまっすぐに見据えて、もう度、残酷なほど瞭に言い放った。 「その子は、俺の子じゃない。俺たちの血は、滴も入っていない」
「健太ッ!」
私の体がいたのは、考よりも先だった。
疲労で千切れそうだった膝に力を込め、私は健太の胸倉へびついた。 廊に私のスリッパの摩擦音が障りに響く。 私は彼のシャツの襟を両で掴み、爪が彼の鎖骨にい込むほどく握りしめた。
「やめて! お願いだから、やめて!」
私は叫んでいた。 だが、その言葉は「どうしてそんな酷い嘘をつくの」という妻の抗議ではなかった。
「約束したでしょ! 今は言わないって! 今だけは絶対に何も言わないって、約束したじゃないの!」
私のからびしたのは、紛れもない『共犯者の鳴』だった。
健太のシャツを掴む私の指先が、激しく震えていた。
至距で見つめう健太の瞳のに、青ざめて歪んだ私の顔が映っている。