"祖母は十二年年賀状を書いてない" 第19話
男伯父さんも、母も、さく頷くしかなかった。
現実の介護が始まると、そこにはいかなる美談もしなかった。
最初の週末を担当したのは母だった。 曜の夜、京の自宅に帰ってきた母の姿を、私は今でも忘れられない。 髪は乱れ、顔は気で、玄関に倒れ込むようにして靴を脱いだ。
「……ぬかとった」
母は居のソファに突っ伏し、泣きした。
「お母さん、夜に回も起きて『棒がいる』って騒ぐのよ……。トイレに連れてこうとしたら『触るな、この殺し』ってを払われて……。買っていったお弁当も『こんないものえるか』ってひっくり返されて……。私、あんなお母さん、見たことない……」
母の肩が激しく震えていた。
「私、話でお母さんに『元気でいてね』って言ってただけだった……。淳子さんがどんないで、あのに通ってたのか……私、何にも分かってなかった……」
その翌週は、男伯父さんだった。 曜の朝、伯父さんから母にいLINEが入ったという。 『母さんの爪を切ろうとしてを噛まれた。認症の専医を紹介してくれ。精神に限界だ』。
横浜の会社で何もの社員を鳴りつけていた男が、たったの老親の介護で、完全に叩きのめされていた。
くから「元気か」と声をかけるだけの親孝がいかにがりで、現で排泄物を処理し、暴言を受け止める常がいかに過酷か。
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は、自らの体をすり減らすことで、初めてその痛みを骨の髄まで理解していった。
季節がつ巡り、がづいた頃。 私は、崎の集荷をで訪れた。
淳子叔母さんは、以と変わらず、トタン根の作業で根のを落としていた。 たいに晒されたは、やはり赤くひび割れていたが、その表からは、あの料亭の夜の張り詰めた殺気や、い絶望のはすっかり消えっていた。
「……叔母さん」
声をかけると、叔母さんは顔をげ、穏やかな笑みを浮かべた。
「あら、茜ちゃん。いらっしゃい」
「これ、母から預かってきたの」
私は、母から託された封筒を差しした。 には、母がきでいた便箋枚にわたる謝罪のと、全国のデパートで使える商品券が入っていた。
叔母さんは封筒を受け取ると、を確かめることもせず、作業台の隅に置いた。
「お母さん、隔週で通ってるんだってね。から聞いてるわ。だいぶ参ってるみたいね」
「うん。……昨も話で泣いてた。『淳子さんに座して謝りたい』って」
叔母さんは、ふっとさく吹きした。 皮肉ではなく、どこか憑き物が落ちたような、あっさりとした笑いだった。
「座なんて、してもらっても困るわよ。……でもね、茜ちゃん。私、あの料亭で全部ぶちまけて、本当によかったとってるの」
叔母さんは靴に付いたを軽く落としながら、くの青空を見げた。
「あのまま私がして、今も『元気にしています』なんて葉をき続けてたら……私、きっといつか、お義母さんの首を絞めてたか、自分がごと川にび込んでたとう。……あのたちに本当の現実を突きつけて、私はようやく、自分のを取り戻せたの」
「叔母さん……おばあちゃんのこと、んでる?」
私の問いに、叔母さんはしだけ眉を寄せ、考え込むように線を落とした。
「んでないって言ったら、嘘になるわね。あんなに酷い暴言を吐かれて、謝もされなかったんだから。……でもね」
叔母さんは作業台の根にを伸ばした。
「先週、直売所の帰りにね、本のを軽トラで通りかかったのよ。そしたら、庭の縁側に、お義母さんがデイサービスの職員さんにを引かれて座るのが見えてね。……私の顔を見ても、もう誰だか分かってないみたいだった。ただ、ぼんやりと空を見ててね」
叔母さんの指先が、根のい肌を撫でた。
「その姿を見た、あんなに憎かったのに、議と胸がスッとしたのよ。……ああ、このはもう、誰の母親でもなく、ただのさなお婆ちゃんになったんだなって。守るべきプライドも全部擦り切れて、ようやく楽になれたんだなって」
叔母さんは私に向き直り、静かに言った。
「私、もう本にはかないし、介護にもをさない。それは絶対に譲らないわ。
……でも、お義母さんがデイサービスで笑って過ごせてるなら、それでいいとってるのよ」