"祖母は十二年年賀状を書いてない" 第16話
母がちがり、叔母さんの腕に縋りつこうとした。
「そんな無責任なこと言わないで! 私たち、京に仕事があるのよ!? 兄さんだって会社があるの! いきなりそんなこと言われたって、誰がお母さんの面倒を見るのよ!」
叔母さんは、母のを、まるで汚れた布切れでも払うかのように、無造作に振り払った。
その瞳に宿った絶対な拒絶のに、母は息を呑んで凍りついた。
「それは、あなたたち『親孝な子供たち』が、自分たちで考えることよ」
叔母さんはそれだけ言うと、度も振り返ることなく、玄関へと歩きした。 引き戸がガラガラとき、そして、ピシャリとい音をてて閉まった。
残された茶のには、焦げた鍋の悪臭と、老の嗚咽と、そして、テーブルの真んに取り残された通帳と鍵だけがあった。
誰もけなかった。 男伯父さんも、母も、叔父さんも。 目のに突きつけられた「現実」という名のい鉄の塊をにして、ただ青ざめ、息を止めていることしかできなかった。
私は、畳のに伏して泣き続ける祖母の、さく丸まった背を見つめていた。 そして、テーブルのの通帳を見た。
、たったの言葉で誤魔化し続けてきたツケが。 今、この瞬から、逃げのない請求となって、私たち族全員の目のに叩きつけられていた。
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玄関の引き戸がピシャリと閉まったあとの静寂は、が痛くなるほどかった。
台所の換気扇が、油の切れたベアリングを軋ませながらカラカラと回っている。 茶のの円卓のには、淳子叔母さんが叩きつけていったプラスチックのケースが、無慈なを放っていた。
国民健康保険証。 介護保険被保険者証。 方の通帳が冊と、古い印鑑。 そして、真鍮のくすんだ鍵。
「……嘘でしょ」
母・恵子が、抜け殻のような声で呟いた。 畳にへたり込んだまま、テーブルのの鍵を見つめている。
「本当に帰っちゃったの……? 冗談でしょ。、あんた何とか言いなさいよ! 夫婦でしょう!? 連れ戻してきなさいよ!」
鳴られた叔父さんは、作業着の両膝に顔を埋めたまま、ピクリともかなかった。
「……無理だよ」
くぐもった、濁った声だった。
「淳子はな、度こうと決めたら絶対に曲げねえ女だ。……だぞ。俺が百姓の仕事にかまけて、本のこと全部押し付けてる、あいつがでどれだけ擦り減ってたか……俺はってたのに、見ないふりをしてたんだ。もう、あいつを縛る権利なんて、このの誰にもねえよ」
「な、何を言ってるんだ!」
男伯父さんがちがり、苛ちを隠そうともせずに髪をかきむしった。
「じゃあ母さんはどうするんだ! 俺は横浜で会社を回してるんだぞ。
毎週末、崎に通えるわけがないだろう! 恵子だって京でパートと庭がある。くにいるおたち夫婦が見るのが、番筋が通ってるじゃないか!」
「兄さん、筋って何だよ」
叔父さんが、ゆっくりと顔をげた。 その目には、兄に対するの劣等ではなく、底れない侮蔑が浮かんでいた。
「淳子は、ののじゃねえ。赤のだ。そのに『筋』を押し付けて、自分たちは賀状枚でを買ってたんだろうが。……母さんの実の子供は、俺と、兄さんと、姉さんのだ。淳子を抜きにして、俺たちでどうするか決めるしかねえんだよ」
座敷の隅で、祖母がさくを縮こまらせた。 濡れ雑巾で拭かれたばかりの素が、寒さのせいか、それとも羞恥のせいか、カタカタとさく震えている。
その、祖母の股のから、じわりと濃い染みが畳へと広がっていった。
「あ……」
母が息を呑んだ。 アンモニアのツンとした臭いが、焦げた鍋の残と混ざりって茶のに漂う。
「……ごめんねぇ。……ごめんねぇ……」
祖母は自分の濡れたズボンをで必に隠そうとしながら、子供のように体を丸めて泣き始めた。 歳のが、自分の子供たちので、失禁の跡を隠そうと畳を爪で掻いている。
男伯父さんは骨に顔を背け、歩ずさりした。 母は元を押さえ、鳴のような息を呑んだままけない。
が今まで信じていた――信じたがっていた――「で元気に畑を耕す自の母」