"祖母は十二年年賀状を書いてない" 第8話
朝の半。 砂利の敷かれた庭には軽トラックが台まり、作業の奥からは野菜を洗うたいの音が響いていた。
「おはようございます……」
私が恐る恐る引き戸をけて声をかけると、奥の作業台からの女性が顔をげた。
淳子叔母さんだった。 髪を無造作にろで束ね、分いゴム掛けをして、のついたネギを本ずつ作業で皮を剥き、テープで束ねる作業をしていた。
叔母さんは私を見ると、瞬だけを止めた。 その顔には、昨夜の料亭での張り詰めたりはなく、ただ底れない疲労だけが張り付いていた。
「……茜ちゃん」
叔母さんは静かに言った。その声には何のも籠もっていなかった。
「お母さんたちに言われて、様子を見に来たの? 悪いけど、ならさっき畑にちゃったよ。通帳なら、昨の夜のうちにに持たせて、本の玄関に置いてこさせたから。は円も減ってないわ。記帳も先週の分までしてある。……それとも、まだ何か疑われてる?」
「違うの、叔母さん」 私は作業のへ歩踏み込んだ。 とたいの匂いがち込めている。 叔母さんの元を見ると、の仕事のせいだろう、指の節々が赤く腫れがり、指先には何箇所もひび割れを塞ぐ絆創膏が貼られていた。
「母さんたちに頼まれたんじゃない。
広告
私、で来たの」
「で来ても同じよ」 叔母さんは線をネギに戻し、再び械のようにをかし始めた。
「私にはもう、話すことなんて何もないわ。昨言ったことがすべて。あなたたちから見れば、私は認症の義母をいいことに嘘をつき続けた、気の悪い嫁なんでしょうから」
「そんなことってない!」 私はポケットから、さっき持ちしてきた〇のき損じ葉を取りした。 そして、で汚れた作業台の端、叔母さんの目のに置いた。
赤いインクが涙で滲んだ、あの葉を。
叔母さんのが、ぴたりと止まった。
その線が、のに落ちる。 赤インクの滲みを見た瞬、叔母さんの瞳がわずかに揺れた。
「……これ」
「おばあちゃんの文机の奥にあった。……のやつ」
私は息を吸い込み、叔母さんをまっすぐに見つめた。
「おばあちゃん、泣きながらこれいてたんでしょ。が震えて、名もけなくなって……。叔母さん、これを見て、代を始めたんじゃないの?」
作業のを、通り抜けるが吹き抜けた。 トタン根がカタカタと乾いた音をてる。
叔母さんは、袋をさずに、じっとその葉を見つめていた。 い、痛々しいほどの沈黙が流れた。 やがて、叔母さんはさく息を吐きした。
「……そうよ」
く、絞りすような声だった。
「のの頃だったわ。
根を届けに本にったら、お義母さんが真っ暗な部の炬燵で、声をげて泣いてたの」
叔母さんは袋をゆっくりとした。 赤くかじかんだがわになる。
「そののから、お義母さんの内障が急にんでね。病院に連れてったら、術が必だって言われたの。でも、お義母さんは頑なに拒んだ。『術なんかして、もし目が見えなくなったらどうするんだ』『入院なんかしたら、男や恵子にられて迷惑をかける』って」
「迷惑……?」
「そうよ。あの、子供たちには絶対にみを見せたくないだから。昔からそうでしょう? 『うちの子たちは京の流学をて、派にやってる』って、所に自するのがあののきがいだったんだから」
叔母さんは乾いた笑みを漏らした。
「そのもね、この葉をにして、震えるで何度も何度もき直しては破いてたの。『名すらけないなんて、私しゃもうもおしまいだ』『こんな震えた字で賀状をしたら、男たちが配して、無理やり施設に入れられちまう』って、子供みたいに取り乱して……」
叔母さんの脳裏に、当の景が鮮に蘇っているのが分かった。
「見てられなかったわよ。だって、あのプライドのいお義母さんが、嫁の私ので涙をポロポロこぼして震えてるのよ? だから私、言ったの。
『お義母さん、私が代わりにきますよ』って」
「……叔母さんが」
「ええ。『お義母さんが言いたいことをで言ってくれたら、私がその通りにきます。