"一万八千円の伝票" 第20話
その封筒のに何がかれていたのか、私にはに取るように分かっていた。
それは、資系ファンドからの『買収計画の即撤回通』だった。
昨夜、林弁護士に裏帳簿の写真を送った、私はもうつ、極めてなを打っていたのだ。 林先の持つ法曹界のネットワークを通じて、買収先である資系ファンドの本支社法務部宛てに、このホテルが現抱えている巨額の使途、顧客との詐欺まがいの銭トラブル、そして今発し得る刑事訴訟のリスクを、匿名で告発・リークさせていたのである。
コンプライアンスを何よりもんじる資系のファンドが、横領や詐欺の種を抱えた物件など、絶対に買い取るはずがない。彼らは内部調査を入れるまでもなく、即座に買収の止を決断したのだ。
の描いていた壮な売却計画の柱は、今、音をてて完全にへし折れた。
しかし、追いつめられたは、狂気じみた形相で私を睨みつけてきた。 ここで何が何でも私からホテルの所権を奪い取り、譲渡類にサインをさせれば、別の買いを探すことも、ホテルを担保に巨額の融資を引いて逃することもできる――そう踏んだのだろう。
「さあ! くサインをしてください! がないんだ!」
はを乗りし、私の元にある類を指で激しく叩いた。
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突然の豹変ぶりに、京の弁護士たちも眉をひそめ、「さん、し落ち着いてください。佐藤様がまだ確認を……」と制止しようとした。
「黙っていろ! 私は急いでいるんだよ!」
は鳴り散らし、テーブルをドン!と激しく叩いた。 ロビーの空気が張り詰め、も恐怖に顔を引き攣らせている。
私はゆっくりと顔をげ、震えるのを見つめた。
「……さん。随分と、が震えていらっしゃいますね」
私の静かな言に、はビクッと肩を震わせ、自らの拳をぎゅっと握りしめた。
「うるさい! ボケたばあさんは黙って、言われた通りにハンコを押せばいいんだよッ!」
ロビーに号が轟き渡った。 これが、彼の剥きしの本性だった。 私はテーブルのの夫の万にそっと指を添え、凛としてちがった。
「――お断りいたします」
静寂の、私の声がはっきりと響いた。
「私はサインなどいたしません。そして、き夫がしたこのホテルを、あなたのようなに渡すことも、輪際ありません」
の顔が、りと屈辱で赤黒く染まりがった。
「いい加減にしろッ! おのような何の力もない干からびた老婆に、体何ができるっていうんだぁッ!」
が獣のような形相で、私の胸ぐらを掴もうと腕を振りげた――その。
ウィーン、と正面玄関の自ドアが再びき、凛とした、威厳に満ちた老の声がロビーを包み込んだ。
「――お約束のよりしいようですが、役者は揃っているようですね」
ロビーの入りにっていたのは、髪混じりの端正な老紳士だった。 仕ての良い落ち着いたスーツに、使い込まれた茶い本革の鞄を提げ、背筋をピンと伸ばしている。 先代の健の代から、にわたってこのホテルの顧問を務めてくださっている、林弁護士だった。
の振りげたが、空でピタリと止まった。 しかし、現れたのが元の旧の弁護士だと認識するや否や、の元に、再び嘲るような笑いが戻ってきた。
「……なんだ。誰かとえば、町医者ならぬ町弁護士の林先ではありませんか」
は先でせせら笑い、袈裟に肩をすくめて見せた。
「こんな耄碌した老婆の泣き言を聞いて、わざわざお越しいただいたのですか? ご苦労なことです。ですが、お引き取り願いたい。見ての通り、々は今、極めてな事業譲渡の最終契約の最ですのでね」
資への売却が撤回された焦りはあるものの、このにいる京の弁護士たちと結託し、力ずくで私にサインをさせればまだ巻き返せると、は踏んでいたのだ。
林先はの侮辱を顧だにせず、静かな取りで私の隣へと歩み寄った。
「かず子さん、お怪はありませんか?」
「ええ、丈夫です。
先、朝くから申し訳ありません」