"一万八千円の伝票" 第11話
の全容が、瞬に理解できた。 の朝、チェックアウトの際に「お部の級ワインをまれましたね」と因縁をつけるための偽装作だ。「に覚えがない」と主張されても、「現に部に空き瓶があった」と証拠を突きつければ、気のい老夫婦なら警察汰を恐れて支払ってしまう。
あまりにも卑劣で、醜悪な罠だった。 私はたまらず、壁のから歩を踏みしていた。
「――何をしているのですか?」
静まり返った夜の廊に、私の声が凛と響いた。
はビクッと肩をねがらせ、弾かれたように振り返った。暗がりので私と目がうと、瞬だけ狼狽の表を浮かべたが、相が昼の「千百円の定を頼んだ老婆」だと認識するや否や、すぐに憎々しげな笑いを元に張り巡らせた。
「……あらぁ? おばあちゃん、夜のお散歩ですかぁ? 自分の部が分からなくなっちゃったんですか?」
悪びれるもなく、彼女はマスターキーを制のポケットへとしまい込んだ。
「今、お客様の部のに何かを置きましたね。お客様が寝静まっている部の鍵を無断でけるなど、らかな犯罪ですよ」
私が静かに、しかし厳しく問い詰めると、は鬱陶しそうにく溜息をつき、髪を指先で弄んだ。
「犯罪? あはは、冗談言わないでくださいよぉ。ここはもうすぐ、資系のきなファンドにく売れるんですから。
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こんな古臭い田舎ホテルのルールなんて、もう誰も守る気ありませんよ」
「……ここは、ものあいだ、たくさんのお客様にされてきた所です。このようなやり方は、決して許されません」
私の絞りすような抗議に、はでせせら笑った。
「されてきたぁ? バッカみたい! のオーナーだか何だかりませんけどぉ、お客様のためにとか綺麗事言って、毎げてタダ働きみたいなことばっかりして、結局円の得にもならないままんだじゃないですか。本当に、救いようのないバカな男ですよねぇ!」
――その言が、私の胸を鋭利な刃物でく抉り取った。 全の血が、逆流するような激痛がる。
夫の健は、決してバカな男などではなかった。 誰よりもこのホテルを慈しみ、訪れる々の笑顔のために命を削り、誠誠を尽くしてきてきたのだ。
「そのバカなおかげでくんでくれてぇ、私たちとしては助かりですよぉ。これでやっと、このゴミみたいなホテルをおに変えられるんですからね!」
暗に浮かぶの嘲笑。 りで界が赤く染まりそうだった。今すぐその頬を平打ちし、「おに夫を侮辱する資格などない!」と鳴り散らしたかった。
だが――私はポケットので、夫の万を皮膚が裂けるほどく握りしめた。
たい属の触が、私の千切れそうな理性を、辛うじて繋ぎ止めてくれた。
健のは、いつも温かかった。 夜遅くまで事務所に残り、この万をらせて、お客様ひとりにお礼のをき続けていた夫の横顔。『文字にはが宿るんだよ、かず子』――そう言って優しく微笑んでいた夫の誇りを、こんな劣な女の軽な暴言で汚させてたまるものか。
ここでになって騒ぎてれば、相のう壺だ。 私が本当に守るべきなのは、私のちっぽけなプライドではない。今、この部の向こうで何もらずに眠っている老夫婦と、林さんのような若い従業員たちの未来なのだ。
私はゆっくりとく息を吐き、を噤んだ。 私が言い返せなくなったのを見て、完全に自分が勝利したとい込んだのだろう、はあざ笑うようにを鳴らした。
「ほらぁ、おばあちゃんはさっさと自分の部に帰って寝てなさいよ。……これ以うろちょろしてると、あなたのの請求も増やしちゃいますよ?」
彼女はカツカツとヒールを鳴らし、勝ち誇ったように階段をりていった。
取り残された私は、特別の施錠されたドアのにち尽くした。 今、鍵のない私には、部ののワインボトルを回収することはできない。 だが、の朝――必ず、私がこのおを彼らの魔のから守り抜いてみせる。
部に戻った私は、机のに林さんから預かったノートをき、夫の万のキャップをした。