"一万八千円の伝票" 第6話
その乱雑なの束ので、私の線は、際目を引く冊の赤いフラットファイルに引き寄せられた。
無造作に閉じられたそのファイルの隙から、はみたい類の端が見えていた。そこには、太いゴシック体で、鮮に印字されていたのだ。
『――事業譲渡契約』
そしてその文字のすぐ横には、見慣れない英文字が並ぶ資系投資ファンドの企業名が記されていた。
その瞬、私のので、散らばっていたピースが気にひとつの輪郭を結んだ。 彼は単に、々の売を誤魔化して私腹を肥やしているだけではない。私が療養施設で寝たきりになっているのをいいことに、夫と私が血を注いできたこのホテルそのものを、私のらない面で、丸ごと資系ファンドへ売りばそうと画策しているのだ。
私は激しく波つ揺を胸のくに押し込め、何事も目撃しなかったかのように、ゆっくりとに向き直った。 ――まだだ。まだここでくわけにはいかない。 彼を言い逃れのできない完全な袋へと追い詰めるためには、あの赤いファイルに綴られた譲渡契約の全容と、にわたって蓄積されてきた裏の決定な帳簿をに入れなければならない。
「……し、疲れました。部に戻って休ませていただきます」
私が力なくそう呟くと、支配の顔に、あからさまな堵のが広がった。
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私が病みがりで気力も判断力も衰えた、ただの耄碌した老婆であると、必にい込みたいのだろう。
「ええ、ええ! それがよろしいかと! もちろん、先ほどのお事代は私の方で無料(タダ)にしておきますので、どうぞお気になさらず!」
彼は再び、私を嘲笑うような、卑屈な笑みをその元に浮かべた。 私は何も答えず、ただ静かに踵を返して支配のい扉を引いた。背で、カチャリと々しく真鍮の鍵が閉まる乾いた音が響いた。
その夜、私は夜のフロントから気が完全に消えるそのを、客のたいので、息を殺してじっと待ち続けていた。
壁の計の針が、夜零を静かに回った。
私は案内された本館階のえ切った客のベッドに浅く腰掛けたまま、暗い部のでじっと秒針のきを見つめていた。カチ、カチ、カチと、静寂を切り裂く乾いた属音だけが、朶を打つ。
の効きが酷く悪く、内の空気は気と差ないほどにえ切っていた。 昔は、はもちろんのこと、の肌寒い夜であっても、お客様がチェックインされるには必ず部に入り、を入れて適温に温めておくのが、このホテルの鉄の掟だった。 『くからい荷物を持って来てくださったお客様が、部の扉をけた瞬に、の底からほっと息をつけるようにね』 夫の健はいつもそう言って、毎晩自らのボイラーにり、温度計と睨みいながら蒸気のバルブを細かく調していたものだった。
だが今、この部の壁から伝わってくるのは、客を客ともわない、を切るような無質な気だけだった。
あの昼、支配のデスクので目撃した、赤いファイルのはみた文字――『事業譲渡契約』の文字が、私の脳裏に焼き付いてれなかった。 支配は、私のことを病気での鈍った、何もできない寄りだと侮り切っている。だからこそ、あんな極めて危険な類を、施錠もせずに机のに無造作に放置していたのだ。
私はコートをしっかりと羽織り、音をてないようにスリッパを脱いで、の靴のまま静かに部のドアをけた。
廊は暗く、非常の誘導灯が放つ気な緑のだけが、壁とを頼りなく照らしていた。 かつて健が、毎晩のように懐灯をに、何度も往復して見回りをしていた廊だ。『お客様が夜にふと目を覚ましてトイレにたれたとき、暗くて段差に躓いたら変だからね』と言って、夫は柔らかい球の接照を等隔に配置し、決して元を暗がりにさせなかった。だが今や、気代の極端な節約のためか、ほとんどの照の球が抜き取られ、どこが壁かも判別し難いほどのに沈んでいる。