"一万八千円の伝票" 第5話
そこで、藁をも掴むいで羽の矢をてたのが、当、副支配を務めていただった。
彼は健の葬儀の席で、親族の誰よりもきな声をげて泣き崩れていた。 『先代の教えを命に代えても守り抜き、このホテルを私が必ず守り抜いてみせます!』 祭壇のでそう叫び、に額を擦りつけるようにして私にをげた彼の姿を、私は信じてしまったのだ。病にあった私は、彼に経営の全権を委任した。今にしてえば、それが取り返しのつかない私の過ちだった。
療養施設に入り、現の空気を直接ることができなくなった私のもとに届くのは、毎送られてくる綺麗にえられた面の報告だけ。 「売は順調に推移しております」「リピーターのお客様にも変ご満いただいております」――はに度の話報告で、いつも活な声でそう繰り返していた。
けれど、ヶ。 私の療養施設の個に、差の名がない通の封が届いたのだ。震えるような、丸みを帯びたさな文字で、便箋にはたっただけ、痛切な言葉が記されていた。
『どうかホテルを見に来てください。このままでは、潰れてしまいます』
胸騒ぎを覚えた私は、医師や施設の反対を押し切り、旧姓を使って般の宿泊客としてこっそりこのホテルに投宿した。
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そして、こので私が目の当たりにしたのは、目を覆いたくなるような惨状の数々だった。 何も通い詰めてくれていた常連の齢客に対する無碍で酷な対応。気を失い、ただ怯えたように作業をこなす若い従業員たちのんだような瞳。そして、客の元を見て平然とふっかける、あの法な請求――。
「……どうぞ、お入りください」
先を歩いていた支配の媚びるような声に、私は現実に引き戻された。 案内された支配のなドアが押しかれた瞬、私はわずをとめ、息を呑んだ。
そこは、かつて夫が用していた、との匂いが漂う質素な事務ではなかった。 元には毛のい、毒々しいの級絨毯が敷き詰められ、部の央には巨漢が沈み込むような黒い本革張りの応接ソファが鎮座している。壁面には、ホテルの格式とは釣りいな、けばけばしいの現代美術の絵画が縁の額に入れられて何枚も掲げられていた。
夫が何も切に入れをしながら使っていた、あの使い込まれた素朴な製の机はも形もない。その代わり、部の奥には、黒檀の艶が鈍くる巨な輸入物のプレジデントデスクが、威圧に居座っていた。
客の費をケチり、廊の球を引き、料理の質を落としてまで、彼がホテルの利益を貪りって作りげたのが、この悪趣な「」
だったのだ。
「オ、オーナー……その、今回は抜き打ちの察でいらっしゃったのですか? 事にご連絡をいただけていれば、もっと良い特別をご用いたしましたのに……」
支配はポケットから取りしたシルクのハンカチで、額から滝のように流れる汗を拭いながら、引き攣った笑顔を必に繕っていた。 私は差しされた革張りのソファには腰をろさず、部のをややかな線でゆっくりと見回した。彼は、私がどこまで内を把握しているのかを必に探ろうと、泳ぐ線で私の表を伺っている。
「さん」
私は静かにをいた。
「先ほどの、万千円の炊き込みご飯……。随分と、貴ながいたしましたよ」
私の静かな言に、ハンカチをかしていたのが、ピタリと止まった。 彼は喉をゴクリと鳴らすと、わざとらしくきな溜息をついて、両を広げて見せた。
「あ、ああ……あれですか! あれはですね、オーナー、昨今の急激な物価騰に対応するための、特別なVIP向け裏メニューでしてね! あの卓のメニュー表には千百円とありましたが、それは従業員の差し替えミス、単なる印刷の誤りでして……で刷り直させる予定だったのですよ」
次から次へと淀みなく溢れる、浅ましい言い訳の数々。 私は彼を追及する言葉をねるのをやめ、デスクのにそっと線を落とした。
黒檀の机のには、幾束もの類が無秩序に積みになっている。