"一万八千円の伝票" 第1話
「お会計は、万千円になります」
静まり返ったレストランの内に、若い女性従業員の平板で刺々しい声が鋭く響き渡った。
私の目のにある黒塗りの膳のには、すっかりめ切って表面が乾き始めた季節の炊き込みご飯と、吸いのつ葉がしおれた吸物、それにの物が乗っている。質素極まりない昼の定だ。卓にてられた枠のメニュー表には、墨文字で鮮に「千百円」と印刷されている。何度目を凝らして確かめてみても、印字の擦れなどではない。紛れもなく桁い、万千円だった。
胸元に「」と彫られたのプラスチック名札をつけたその若い女性従業員は、トレイを胸のに抱えたまま、悪びれる素振りすら見せなかった。あごをし引き、値踏みするように私の着古したウールのカーディガンと皺の寄った元をまっすぐに見ろしている。
私は呼吸をひとつえ、卓の伝票からゆっくりと線をげ、彼女のえ切った瞳を見つめ返した。
「あの……メニューには千百円とかれておりますけれど」
私が努めて穏やかな声でそう尋ねると、という女性従業員は、馬鹿にしたようにからく息を吐き捨てた。元の端だけをわずかに吊りげ、事務な慣れた調子でまくしたてる。
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「お客様、こちらは当ホテルの正規のサービス料と、特別のお席の利用料が含まれております。当館では皆様にそのようにお願いしておりますので」
言われた私は、わず周囲の空に線をらせた。 ここは特別でも個でもない。窓際から列ほどれた、何の変哲もない掛けのテーブル席である。特別な眺望があるわけでも、仕切りで遮られているわけでもない。それどころか、先ほど事をしている最、ぬるくなったお茶のお代わりを頼もうと彼女の背に向けて度も声をかけたにもかかわらず、完全に無されて度も注ぎしに来なかったのだ。
「……そうですか」
私の呟きが聞こえたのか、隣のテーブルに座っていたの客たちが、怪訝な表で斉にこちらへ線を向けた。何事かと眉をひそめるビジネスマンの男性、そして私のすぐ斜め向かいの席に座っていた老夫婦は、自分たちの元にある製の伝票てを、怯えたようなつきで何度も確認しっている。おばあさんのは、微かに震えていた。
私は鳴り声をげたりはしなかった。 泣き叫ぶことも、席を蹴って取り乱すこともしなかった。ただ、テーブルクロスの、膝のに置いた褪せた布のバッグので、さな帳を静かに、指先がくなるほどく握りしめた。
そこには、こので私がこのホテルの各所を歩き回り、自分の目で集めてきた、いくつもの解で審な記録がびっしりとき留められている。
私は息を潜め、帳の角を指の腹で確かめながら、もう度を見げた。
「……恐れ入りますが、伝票の内訳をもう度確認させていただけますか?」
すると、の眉が骨に歪んだ。彼女はトレイを乱暴に脇に抱え直すと、わざと内の全員に聞こえるような張りげた声で言い放った。
「ですから、万千円です! もしお支払いが難しいようでしたら、警察をお呼びしますけれど?」
張り詰めた声が、昼がりのレストランの井に反響した。 周囲の客が息を呑み、息苦しい沈黙が広がる。周りの線を集め、恥をかかせることで相の考を奪い、くこのを収めたいで財布をかせる――典型な、悪質なだった。「を払えないみすぼらしい客」という名誉なレッテルを貼り、逃げを塞ぐためのやり方だ。
私は膝のの帳からをし、ゆっくりと背筋を伸ばした。相の気勢に呑まれることなく、静かに、しかし芯の通った声で言葉を紡ぐ。
「……支配を呼んでください」
「は?」
が目を丸くし、を疑うようにを乗りした。私はじることなく、彼女の瞳の奥を射抜くように見据えながら繰り返した。
「このホテルの支配を呼んでください。お話は、それからです」
の顔に、あからさまな苛ちと侮蔑が浮かびがった。