"五人の元彼と三万一千円" 第13話
そうすれば、私は誰にも迷惑をかけずに、で消えることができる。
だが、私のに届いたのは、擦れの音だった。
俊平が、私の隣に膝をついた。
品のチャコールグレーのタキシードの膝が、絨毯にく沈み込む。普段ならズボンの折り目を気にして絶対にしないような姿勢で、俊平は私の真横に座り込んでいた。
「俊平……さん?」
私が恐る恐る目をけると、俊平はドレッサーのにを伸ばしていた。
彼がに取ったのは、私の使い古された黒革の帳と、その横に転がっていたボールペンだった。
俊平はカチリと音をてて、赤いインクのノックを押しげた。
そして、かれたままの帳の最のページ――私たちが結婚式の準備を始めてから記録し続けてきた、あの忌まわしい帳簿のページに、ペン先をらせた。
キュッ、キュッ、とを削るようない音が静かな部に響く。
俊平は、私が几帳面に定規を使って引いた『貸方』と『借方』の罫線を無して、すべてのに、太い赤の線を乱暴に引いていった。
『結婚式試会 差額6,400円送済』――線。
『居用エアコン 差額730円相殺済』――線。
『俊平さんよりキーケース受領 差額1,500円調のこと』――線。
「何をして……」
俊平は私の言葉に答えず、ページの最部、私が今朝の未にき加えたばかりの最のメモ――『結婚式費用総額、俊平さん側座より括引落し。
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式、婦持参より半額を直ちに振込精算のこと』という文のに、巨なバツ印をき殴った。
そして、その余に、太い赤文字で、殴りきのような力い跡でこうき記した。
『精算能・貸借ナシ』
「俊平さん……」
俊平はペンを置くと、赤インクで塗り潰された帳をパタンと閉じた。
そして、その帳を、ドレッサーの番奥の引きしのに押し込み、音をてて閉めた。
「千里」
俊平は私の両肩にを置いた。
そののひらは、し汗ばんでいて、信じられないほど温かかった。
「夫婦っていうのはね、貸借対照表じゃないんだよ」
俊平の目が、私の涙で濡れた瞳をまっすぐに見つめ返してくる。
「これから先の何、どちらかが病気になって働けなくなるがあるかもしれない。僕が事故に遭って、君に介護を押し付けることになるかもしれない。どちらかの親が倒れて、途方もない負担を相にかけるかもしれない。……そんなとき、君はまた卓を叩いて、『どちらがどれだけ貸しているか』を計算するつもりかい?」
「それは……」
「割り切れるわけがないんだ」
俊平は静かに首を振った。
「誰かと共にきるということは、割り切れない巨な赤字を、で抱え込んでいくということなんだよ。どちらがくしたか、どちらがく苦労したかなんて、ぬまで決算できない。
僕が君に優しくするのは、君から同額の見返りが欲しいからじゃない。僕が君と緒にいたいから、勝に差ししているだけだ」
俊平のが、私の頬に触れた。
指先が、私の涙を乱暴に、しかし優しく拭った。
「君のお父さんが背負った借は惨だったかもしれない。でも、の善やまで借と同じ扱いにするな。君が誰かに何かをしてもらったとき、君が支払うべきものは、同額の現じゃないんだよ」
「じゃあ……私は、何を返せばよかったの……?」
「『ありがとう』だよ」
俊平は、拍子抜けするほどあっさりと、そう言った。
「ただ笑って、ありがとうと言って、その温もりをのに留めておくだけでよかったんだ。そしていつか、相が困ったときに、あるいはまったく別の誰かが困っているときに、その温もりを分けてあげればよかったんだよ」
俊平の線が、ドレッサーのに散らばった通のへと向けられた。
万千百円。
の男たちが、の歳を経て、それぞれののから突き返してきた、奇妙で、しくて、そしてあまりにも誇りい祝福。
「彼らは、君にそれを教えようとしたんじゃないのか」
俊平はちがり、私にを差し伸べた。
「彼らは君からを奪おうとしたんじゃない。君に『ありがとう』と言ってほしかっただけだ。君が自分たちとのを、ただの借返済の義務として処理してちっていくのが、悔しくて、しかったんだよ」