"五人の元彼と三万一千円" 第1話
ヘアピンが皮に刺さるかすかな痛みに、私はさく息を止めた。
鏡のには、見慣れない女が座っていた。
プロのによって陶器のようにえられた肌、普段なら絶対に引かない細いアイライン、そして肩から胸元へと広がる、純のビスチェドレス。
背には個以ものさなくるみボタンが並び、着付けのスタッフががかりで、私の肋骨をギリギリまで締めげている。息を吸い込むたびに、コルセットのボーンがみぞおちを圧迫した。
「千里様、お痛みはありませんか?」
ヘアメイクの女性が、鏡をかざしながら柔らかい声で尋ねてくる。
「丈夫です。すごく綺麗にしていただいて……ありがとうございます」
「本当にお綺麗ですよ。郎様、きっと見惚れてしまわれますね」
お世辞だと分かっていても、私は角をげて微笑み返した。
の肌寒い曜。
横浜の港を見ろすホテルの階、ブライズルームのは、とヘアスプレーの甘い匂いで満ちていた。あと半もすれば親族紹介が始まり、そのあとすぐにチャペルでの挙式リハーサルに入る。
歳。決してい結婚ではなかったけれど、メーカーの総務で働く俊平は誠実で、几帳面で、私のような面倒な性格のを根気くしてくれた。
穏やかな庭がに入る。
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誰にも迷惑をかけず、誰にもろ指を指されず、対等で、清らかな活が、今ここから始まるはずだった。
控えのい樫ののドアが、慮がちにノックされた。
「千里様、々よろしいでしょうか」
入ってきたのは、私たちの担当ウェディングプランナーの女性だった。
代半ばの、いつも完璧な笑顔を崩さないベテランのスタッフだ。しかしその、彼女の眉のあたりには、微かに戸惑いのようなが差していた。
両には、ホテルの紋章が入った黒いバインダーと、の角盆が抱えられている。
「どうかなさいましたか? 俊平さんのほうの準備が遅れているとか……」
「いえ、郎様のお支度は順調にんでおります。ただ……先ほどフロントのほうに、千里様宛てでし特殊なお届け物がございまして」
プランナーはサイドテーブルの横まで歩み寄ると、の角盆をそっと置いた。
そこに乗せられていたのは、郵便局の赤い現留の封筒通だった。
すでにホテルの保規定に従って封されたのか、袋の脇には、の結び切りのご祝儀袋がつ、几帳面に並べられていた。どれも文具やコンビニで買えるような、ごく般な、しかしきちんとした格ののし袋だった。
「ご祝儀……ですか? でも、受付はまだ始まっていないはずですし、報ならあちらに……」
「はい。今朝の番の特別配達で届いたものなのですが、通とも、側の留伝票の差欄に『学サークル志』や『友』とだけかれておりまして、個名がございませんでした。ホテル側といたしましては、現留をお預かりする以、内容物の額確認とご本様への引き渡し受領印をいただく決まりになっておりまして……」
プランナーは申し訳なさそうに、バインダーの確認表を指し示した。
「のお包みを確認させていただいたところ、その……通すべて、同じ額が入っておりました。ご友同士でお打ちわせのでお送りいただいたのかもしれませんが、額が々珍しい数字でしたので、のため千里様に直接ご確認をと」
私は子の肘掛けを握りしめ、角盆のに並んだのし袋へと線を落とした。
ご祝儀袋の正面には、綺麗な文字で「寿」と印刷されている。
しかし、そのに名はない。つとも、真っだった。
そして、のし袋から引きされたい袋の表面には、それぞれ異なる跡で、黒いボールペンやサインペンによって、こう記されていた。
参万壱千百拾円也。
呼吸が止まった。
万千百円。
円も違わない。つの袋すべてに、その円単位の端数が、逃げのない輪郭で刻み込まれていた。
「……千里様?」
プランナーが私の顔を覗き込んだ。
鏡を見るまでもなかった。ファンデーションで覆われた私の顔から、血の気が気に引いていくのが分かった。