"母の職場で死んでいた私" 第19話
壁には潮で錆びついた会社のロゴマークが掲げられ、敷内の駐には、朝の始業準備を終えた配送トラックが何台もまっていた。
朝の分。 社してくる社員たちの群れが、正をくぐっていく。 作業着を着たの従業員、事務職の女性たち、営業の若い男性たち。 その誰もが、のでち止まっている私たちに気づいた瞬、ピタリと会話を止めた。
「……あ」 「津田さん……?」
ひそひそとした囁き声が、のたい空気のを波紋のように広がっていく。 曜の夜、ホテルの宴会で起きた代未聞の騒は、すでに社内の隅々までれ渡っていた。 の制を着た配の女性が、母の姿を見てギョッとしたようにずさりし、隣の同僚の袖を引いた。 誰も寄ってこない。 誰も「おはようございます」と声をかけてこない。
昨まで、このをくぐり続けた母に向けられていたはずの、労いと敬の差しは、跡形もなく消え失せていた。 そこにあるのは、ただ々しい好奇の線と、気悪いものを見るような拒絶の沈黙だけだった。
母は震える両をコートのポケットに突っ込み、度だけを止めかけた。 膝が笑っているのが、ろからでも分かった。
「お母さん」
私は母の細い肩に、ろからそっとを添えた。
「丈夫。
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を見て」
母はさく息を呑み、噛み締めた唇から微かに血を滲ませながら、再び歩を踏みした。
*
本社ビルの階にある第会議は、苦しい静寂に支配されていた。
部の央に置かれたい会議テーブルの座には、の男性が並んで座っていた。 央に座るのは、曜の夜にあの非常階段へ踏み込んできた現総務部の野さん。 その隣には、事課の乾さんという代の神経質そうな男性。 そして隣には、昨私が自宅を訪ねた、相談役の内正さんが座っていた。
内さんはグレーのつ揃いのスーツを完璧に着こなし、腕を組んで、微だにせず扉を見据えていた。 その隣の壁際のパイプ子には、労働組の腕章を巻いた女性の代表者が、い表で控えている。
ガラリ、と引き戸をけて私たちが部に入った瞬、の線が斉に母へと突き刺さった。
「失礼いたします……」
母の声は、蚊の鳴くように細かった。 母は部の央、用された脚のパイプ子のにつと、く、直角にをげた。 私もそれに倣い、母の隣でく礼した。
「座りなさい、津田さん」
野部が、乾いた声で言った。 その声には、曜の揺はすでになく、徹な管理職としての事務な響きだけがあった。
母は座らなかった。
膝を折るようにして、会議のたいリノリウムののに、直接両膝をついた。
「津田さん?!」
事課の乾さんが驚いたように声をげたが、母は構わずに両をにつけ、額を板に擦りつけた。
「申し訳……ございませんでした……!」
母の喉の奥から、絞りすような絶叫が漏れた。
「私は……、会社を、内部を、同僚の皆さんを、騙し続けてまいりました。娘の美紀は……んでなどおりませんでした。すべては……私の見栄と、さと、保がついた嘘でございます……!」
母のが、刻みに痙攣するようにので震えていた。 に擦りつけられた額の皮膚が赤く鬱血していくのが見えた。
会議のに、息苦しい沈黙が落ちた。
野部は元のバインダーの端を指先でトントンと叩き、内さんは組んだ腕を解こうともせず、ただえ切った差しでのの母を見ろしていた。
「津田君」
内さんが、く、しかし部の隅々まで染み渡るような声でをいた。
「をげなさい。……座で済む段階は、にとうに過ぎている」
その言に、母の肩がびくりとねた。 母は涙とでぐしゃぐしゃになった顔を、恐る恐るげた。
「曜の夜、君が逃げした、総務と事で君の過の労務記録をすべて洗い直した」
野部が類をめくりながら、事実だけを淡々と読みげ始めた。
「の。君の申告による、女・美紀さんのに伴う特別慶弔および互助会からの特別慰問、計万円の支。