"母の職場で死んでいた私" 第18話
記にも、そういてあった」
母の肩が、さく震えた。
「お母さんが会社で『娘はんだ』って嘘をついたのは、悪かったよ。でも……その嘘を本当のことにしちゃったのは、私なんだよ。私がも音信通にして、お母さんをぼっちにして……『本当にんだのかもしれない』ってところまで追い詰めたから、お母さんは引き返せなくなったんだ」
「美紀……」
「でやったんだよ、これ」
私は母の顔を覗き込んだ。 灯のかりの、母の目にも、粒の涙が溜まっていた。
「お母さんだけのせいじゃない。私が始めた喧嘩で、お母さんが嘘をついて、私がその嘘を引かせて……でこのを作っちゃったんだよ。だから……で逃げないで」
「でも……」
母の声が、子供のように頼りなく震えた。
「怖い……怖いよ、美紀。内さんにわせる顔がない……みんなに、どんな顔をして会えばいいの……? 私、あそこへったら、本当に壊れちゃう……」
「壊れてもいいよ」
私は母の涙で濡れた頬を、自分のたいで包み込んだ。
「壊れて、全部なくそう。退職も、のいも、定の名誉も……全部なくせばいい。嘘のにってたものなんて、最初から何もなかったんだよ」
「……美紀」
「私が緒にくから」
私は母の目をまっすぐに見据えた。
「でをげさせない。私も緒に、内部ので、みんなので、座するから。
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、お母さんをぬほど苦しめた娘として、緒に謝るから。……だから、逃げないで。お願いだから、陽の当たるところで、ちゃんと終わらせよう?」
母の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。 母は、私のコートの胸元に顔を埋め、声をげて泣き始めた。
それは、昨夜の宴会で見せたような、保のための醜い鳴ではなかった。 内さんので見せていたような、取り繕った絶望でもなかった。
、誰にも見せることができなかった、ただの愚かで、器用な母親の、本当の涙だった。
に散らばった父の遺。 阪きのバスの乗券。 そして、私たちがかけて積みげてきた、分い嘘の残骸。
たい夜が吹き抜ける玄関で、私たちは互いを抱きしめいながら、ただ泣き続けた。
夜けが、確実にづいていた。 逃げることの許されない、けれど、で迎え撃つと決めた、曜の朝が。
曜の朝、空はどこまでも平坦な鉛をしていた。
は止んでいたが、底えのする湿った空気が、肌の奥くまで突き刺さるようにたかった。 実の居で、母は分以かけて、黒いパンツスーツに袖を通していた。 それは定退職の祝いの席に着ていった華やかな濃紺のスーツではなく、法事のくらいにしか着ない、肩がし擦り切れた古い喪にいスーツだった。
胸元のコサージュは、もうついていない。 昨、母自ので引きちぎられ、に転がっていた赤との引は、座卓ののゴミ箱のに押し込まれていた。
「……くわよ」
母が掠れた声で言った。 髪をろでひとつに束ね、化粧すら施していない母の顔は、昨夜の涙のせいでひどく浮腫み、まるで夜にして歳も老いたように見えた。
「うん」
私は母のさな黒い布バッグを持った。 には、昨内元部から指摘された互助会の特別慰問と同額の万円、それに退職の振込座が記載された類、そして分の社員証が入っていた。 万円は、今朝番に駅のコンビニのATMへり、母の定期預からろしてきた札だった。
玄関をると、え切ったアスファルトの匂いがをついた。 昨夜のみぞれは完全に止んでいたが、肩の側溝には、の混じりのがたく溜まっていた。
向かいの佐々さんのの階のカーテンが、わずかに揺れたような気がした。 母はそれに気づいたのか、びくりと肩を竦め、顎を引いてに歩きした。 私は何も言わず、母の半歩ろについて歩いた。
実から母の勤め先である『都産加株式会社』の本社ビルまでは、徒歩で分ほどの距だった。 方都の港湾部にい業帯の入りに建つ、築を超える階建ての古い鉄筋コンクリートのビル。