"母の職場で死んでいた私" 第16話
奥の仏壇のある部から、微かに母のすすり泣く声が聞こえていたが、私はそこへく気にはなれなかった。
私は靴を脱ぎ、軋む階段をがって、階の自分の部へと向かった。
にをて以来、ほとんどを踏み入れていなかった私の部。 ドアをけると、え切った埃の匂いがち込めていた。
レースのカーテンは黄ばみ、窓ののみぞれがガラスを濡らしている。 畳の部には、の頃に使っていた学習机と、パイプベッドがそのまま残されていた。 本棚には、女マンガや受験の参考が、が止まったように並んでいる。
母は、この部を片付けていなかった。 『んだ娘』の部として、そのまま保していたのだ。 所のが線をあげに来たことはなかったはずだが、それでも、この部を片付けてしまえば、自分のついた嘘の輪郭が曖昧になってしまうとでもったのだろうか。
私は机の引きしをけた。 埃をかぶった文具の奥から、冊の古いノートがてきた。 表に『雑記帳』とかれた、学ノート。 代半の頃、京のアパートで私がき殴っていた記だった。
ページをめくると、拙く、鋭利な憎悪に満ちた私の文字が並んでいた。
『歳・。 今も劇団の仕込みで徹夜。がない。もやしばかりべている。
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でも、絶対にあの女には連絡しない。 今頃、であの暗いにいるがいい。 私を否定した報いだ。 私がどれだけたいか、いればいい』
『歳・。 実の固定話を着信拒否にした。 留守に泣き声が入っていたけれど、聞かずに消した。 ざまあみろとう。 私を縛り付けようとした罰だ。 お母さん、あんたは、悔してきればいい』
文字が、歪んでいた。 私は、ノートを握りしめたまま、パイプベッドの縁に崩れ落ちた。
「……あ……」
声にならない呻きが、胸の奥から漏れた。
母が会社で『娘はんだ』と言い始めたのは、確かに母のさと見栄だった。 だが、その嘘をも固定し、母を逃げのない檻のに閉じ込めたのは――紛れもなく、私自だったのだ。
最初の。 母は、私が本当にきているのかどうかすら、確信が持てなかったのだ。 京で事件に巻き込まれたのか、自殺したのか、野垂れんだのか。 連絡を完全に絶ち、母からの接触をすべて拒絶していたあの、母にとって私は、半分以『本当にんでいた』のだ。
職で同僚たちが「に」と涙を流すたび、母はどれほどの恐怖をじていただろう。 本当にんでいるかもしれない娘の面を抱えながら、嘘と同の狭で震えていた母の姿が、今になって鮮に脳裏に浮かびがってきた。
そして、私が歳で胃潰瘍で倒れ、「お母さん」と話をかけた。 母は幹線にび乗って、京の病院へ駆けつけてくれた。 病のベッドで点滴を受ける私を見て、母は泣き崩れた。 あのの母の涙は、きている娘に再会できた堵と同に、 『もう、会社には絶対に真実を言えない』 という、決定な絶望の涙だったのだ。
私がの沈黙で母を追い詰め、母の逃げを完全に塞いだ。 私が母を怪物に仕てげたのだ。
「私だ……」
私はノートを胸に抱きしめ、暗い部のでうずくまった。
「お母さんを、あんなにしたのは……私じゃないか……!」
自分だけが被害者だとっていた。 、んだことにされていたれな娘だと、昨夜の宴会では母を方に断罪した。 だが、事実は違っていた。 私たちはで、互いへの憎しみととさを燃料にして、という巨な怪物を育てげてきた共犯者だったのだ。
のみぞれは、いつのにか本りのに変わっていた。 トタン根を叩く激しい音が、私の嗚咽をかき消していった。
*
夜。 のは、完全に静まり返っていた。
私は着替えもせず、階の部のベッドので膝を抱えていた。 計の秒針の音だけが、ので規則正しく響いている。 あとには、曜の朝が来る。 会社へき、すべての清算をしなければならない。
そのだった。
階から、微かな物音が聞こえた。
ギシッ、と古い階段の踏み板が軋む音。