"母の職場で死んでいた私" 第13話
……もし、あのが誰かに話したら。さんが、誰かに話していたら……。もう、この町にはいられない。を歩くことなんて、度とできない……」
母が恐れているのは、会社のことだけではなかった。 この狭い方都で、以も築いてきた『慎ましく、娘をくした幸に耐えながらきてきた津田さん』という世体。 それが音をてて崩れり、所の好奇の目に晒されること――母にとっては、それが刑宣告に等しいのだ。
私は座卓ののめかけた噌汁を見つめながら、拳を握りしめた。
昨夜、母の携帯に届いた内元部からのショートメッセージが、かられなかった。
『曜の朝、逃げずに来なさい。君が々の善に対して何をしてきたのか、そのすべてを説してもらう』
逃げることはできない。 になれば、会社の本社ビルで、事と総務、そして元部が母を待ち受けている。 そこで母がただ泣き崩れ、恐怖から言い逃れをねれば、事態は最悪の形で沼化するだろう。 会社側がこれを『悪質な経歴詐称および互助会費の詐取』として警察に相談する能性だって、ゼロではないのだ。
私はちがった。
「どこへくの……?」
母が怯えたように顔をねげた。
「ちょっと、てくる」
「駄目よ! にちゃ駄目! 誰かに見られたらどうするの!」
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「このまま部に閉じこもって、を迎える気?」
私は母をたく見ろした。
「の朝、会社にかなきゃいけないんでしょう。それまでに、何が起きて、向こうが何をっているのか、ちゃんと確かめておかなきゃいけない。……お母さんが話せないなら、私が聞きにく」
「誰に……誰に聞くっていうのよ?!」
「内元部よ」
その名をにした瞬、母の顔から完全に血の気が引いた。
「やめて……! お願いだから、あののところへだけはかないで……! 部にわせる顔なんてないのよ! 私が……私がどれだけあのに恩を受けてきたか……!」
「恩を受けたからこそ、くのよ」
私は母の制止を無し、居をて玄関へ向かった。 背から母がいずりながら追いかけてくる気配がしたが、私は靴を履き、鍵をに取った。
「美紀! お願いだから、やめて! 美紀!」
引き戸を閉めると、母の叫び声はいガラスの向こうへと遮断された。
の空気は、肌を刺すようにたかった。 見げる空は面の鈍で、今にもかがりしそうだった。 実のある宅を歩き始めると、曜の朝だというのに、通りはほとんどなかった。 けれど、折通り過ぎる軽トラックの運転が、速度を落として私を振り返るたびに、臓がねがった。
自識過剰かもしれない。 だが、この閉塞した町では、昨夜の宴会の騒など、話本、LINEつで瞬くに広がっている能性があった。
『にんだはずの津田さんの娘が、きて帰ってきた』。 そんな格好の噂話を、退屈な方のが見逃すはずがない。
私はスマートフォンの図アプリをいた。 昨夜、母のバッグからこっそりき写しておいた、古い帳の所。 『内 正』。 会社を定退職し、今は相談役という名誉職にある元総務部の自宅は、実から徒歩で分ほどの、昔からの級宅の角にあった。
黒塗りの瓦根と、入れのき届いた松のが植えられた派な本。 表札には、力い文字で『内』と刻まれていた。
私はのでく息を吸い込み、え切った指先でインターホンのボタンを押した。
ピンポーン、となチャイムが鳴る。
数秒の沈黙の、スピーカーからく落ち着いた男性の声が聞こえた。
「はい、内ですが」
「……突然の訪問、申し訳ありません」
私は喉の渇きを覚えながら、マイクに向かって名乗った。
「津田敏子の娘の、美紀と申します」
インターホンの向こうで、息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。 そして、数秒の途切れるような沈黙の。
「……をけます。玄関へお入りなさい」
カチャリと自ドアの解錠音が響いた。
*
通された応接は、磨きげられた黒檀の座卓と、本棚にぎっしりと並んだ法律や労務関係の専が印象な、々しい部だった。
庭に面した障子からは、の淡いが差し込んでいる。