"母の職場で死んでいた私" 第10話
「……でも、転勤の話は?」
私は掠れた声で尋ねた。
「さんが言ってた。の営業所への転勤を、部が取り消してくれたって」
母の瞳が、罪悪に揺れた。
「……あれは、あんたがてってから目のよ」
母は力なく座卓の縁にを置いた。
「会社の経営がし傾いて、方の営業所を統廃することになったの。事務職のから、青森の配送センターへ異させなきゃいけなくなった。社歴が浅くて、養う族がいない……条件に当てはまるのは、私しかいなかったのよ」
母の肩がさく震える。
「青森なんて、りいももいない。はに埋もれるような所だって聞いてた。あんなところへかされたら、私のは本当に終わりだとったわ。その……内示がる直に、内部が役員会で掛けってくれたの。『津田君は、この町で娘の墓を守りながらできている。彼女からそのきがいまで奪って、寒に追いやるような真似は、うちの会社の理に反する』って……」
内部の、誠実で温かい柄が目に浮かぶようだった。 部をい、理尽な事から守ろうとした、派な司の姿。 だが、その誠の根底にあったのは、しない『娘の墓』だったのだ。
「部がをげてくれたおかげで、私の転勤はになった。代わりに……当まだ入社目だった、若い男性社員が青森へばされたわ。
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彼は泣いてた。元の彼女と婚約したばかりだったのに、距になって……結局、半に別れたって聞いた」
「……お母さん」
「私は何も言ってない!」
母が、自らを庇うように両腕を抱きしめた。
「私は『転勤したくない』なんて言も言ってないのよ! 全部、部が勝に……会社が勝に忖度したのよ! 私はただ、辞令がなかったから、そのまま席に座ってただけよ! 私が悪いんじゃない、私が頼んだわけじゃないのよ!」
「嘘をついてる点で、お母さんが選んだんだよ!」
私の声が、静まり返った居に響いた。
「『頼んでない』?! ふざけないでよ! 誰かが自分の代わりに貧乏くじを引かされてるのを、ただ黙って見てたんでしょう?! 同されるのが気持ちよかったから! 自分が傷つきたくなかったから!」
母は言葉を失い、ただ荒い息を吐きながら私を睨みつけた。 だが、その瞳の奥には、自分でも弁護しきれない罪の識が、黒く澱んでいた。
「……のリストラも、そうなの?」
私は畳のに膝をつき、母と同じ目線になって問い詰めた。
「さんは言ってた。子供のいる輩が、お母さんの代わりに会社を辞めさせられたって。それも、『津田さんは娘をくしてだから』って理由で守られたの?」
母は唇を噛み締め、線を畳の隙へと落とした。 その沈黙が、何よりの肯定だった。
「あのはね……」
母が、絞りすような声で呟いた。
「総務にいた、佐藤さんっていう子よ。歳になる男の子がいて……旦さんの料だけじゃカツカツだからって、パートから正社員にがったばかりだったわ。リストラの面談があった、彼女は湯で声を殺して泣いてた。『津田さんはいいですよね、だから、自分のことだけ考えていればいいんですから』って……私に嫌を言ったわ」
母の元が、皮肉そうに歪んだ。
「でも、周りのみんなは佐藤さんを責めたのよ。『津田さんにそんな酷いこと言うなんて』『あんなにきなしみを背負ってるに、よくそんな残酷なことが言えるわね』って……! 佐藤さんは孤して、結局、希望退職の割増退職を受け取って会社をったわ」
私は、の奥が痺れるような覚を覚えた。
善が、を殺していた。 母のついた嘘という名の怪物は、周囲の『いやり』という栄養を吸って肥化し、関係のないのを次々と踏み潰していったのだ。 そして母は、その怪物の背に乗って、全な所でぬくぬくとをき延びてきた。
「……ねぇ、お母さん」
私は震えるで、テーブルのに置かれた母の黒い通勤バッグにを伸ばした。
「何するのよ!」
母が止めようとしたが、私はそれを力ずくで払いのけ、バッグのファスナーをけた。
からてきたのは、今の付が入った『定退職記品』の目録と、社員同からの寄せきがびっしりとき込まれた分いだった。