みかん小説
本棚

"母の職場で死んでいた私" 第6話

母の肩が、さくねた。

「さん……」

「私たち、あなたがでに帰るのがだからって、どれだけ気を遣ってきたかってる? 忘会だって、子供の話題がないようにみんなで申しわせて、族当の話もあなたのでは避けて……そうやってみんなで、あなたの傷に触らないように、、気を遣い続けてきたのよ」

さんの目から、粒の涙がこぼれ落ちた。 だがそれは、同の涙ではなかった。 注いできた善を、で踏みにじられたの、い侮蔑と悔し涙だった。

「全部、嘘だったのね。あなたのあの寂しそうな横顔も、折見せるため息も……全部、私たちを騙すための演技だったのね」

「違う、演技なんかじゃ……!」

母が弁しようとを伸ばしたが、さんは嫌悪をわにして、そのを払いのけた。

そのだった。

カチャリ、と非常扉のノブが、再び側から回された。

「津田さん? さん? そっちにいるのか?」

い鉄扉が数センチだけき、隙から漏れ聞こえてきたのは、現総務部の野さんの声だった。 宴会のざわめきが、再び隙から崩れ込んでくる。

「何があったんだ? 会が騒然としてるぞ。……さっきの若い女性は、体誰なんだ?」

母の顔から、残っていた最の気が完全に消えった。

母は私の腕を掴もうとした。 だが、そのには、先ほどのような力は残っていなかった。

広告

ただ刻みに震え、縋るように宙を彷徨っている。

「美紀……逃げて……」

母が掠れた声で、願するように私を見げた。

「お願いだから、階段をりて、にて……! 裏からられるから……! お願い、お母さんを助けて……!」

私は、母のを見つめた。 何もスーパーのパック詰めや事務仕事で酷使され、節くれだって、さくなった母の。

そのは、私を育ててくれたであり。 同に、私のを、社会から抹殺し続けただった。

非常扉が、ゆっくりと、さらにきくかれようとしていた。 の眩しいが、暗い階段の踊りへと差し込んでくる。

私は、すりからをした。 そして、母が差し伸べてきた震えるを、たく、静かに見ろした。

逃げることなんて、できるはずがなかった。 私は、んでいたのだ。 今さら、誰の都で、再び幽霊に戻れというのだろうか。

「……嫌よ」

私は、母の目をまっすぐに見据えて言った。

扉が完全に押しかれ、背広を着た総務部の姿が、逆のに浮かびがった。

総務部の野さんが非常階段の踊りに踏み込んできた、そのの空気は、物理なさを持って淀んでいた。

「……何をしているんだ、津田さん」

野部は、私と母、そして壁際にち尽くすさんを油断のない目で見回した。 代半ばの、几帳面そうな縁鏡をかけた男性だ。

彼のには、宴会の表が丸めて握られていた。

「会の空気がおかしくなっているぞ。急にステージからびして……それに、そちらの方は?」

母は、返事ができなかった。 ただ野部の靴元を見つめたまま、濡れ雑巾のようににへたり込んでいる。 暗い踊りに、母の揃いな浅い呼吸音だけが障りに響いていた。

「あ……部、あのね……」

さんが震える声でをきかけ、そして途で耐えかねたように言葉をみ込んだ。 彼女の目は赤く充血し、信じていたものに裏切られたの、隠しようのない嫌悪が滲んでいた。

「何なんだ、体。誰か説してくれ」

野部が苛ちを隠さずに眉をひそめた。 私はすりを握る指に力を込め、ゆっくりと背筋を伸ばした。 逃げることも、母親の背に隠れることも、私にはできなかった。

「初めまして、野部さん」

私の声は、自分でも驚くほどたく乾いていた。

「津田敏子の娘の、美紀と申します。母がお世話になりました」

野部のきが、完全に止まった。 丸められた表を持つが、ピクリと痙攣するように張る。 鏡の奥の細い目が、信じられないものを見るように見かれ、私の顔をのてっぺんから爪先まで、舐めるようにった。

「……娘? 津田さんの……? いや、だが……娘さんは、とっくの昔に……」

「んでいません」

私は遮るように、はっきりと言い放った。

「、ずっと京できています。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: