"母の職場で死んでいた私" 第2話
その母の顔から、すべての血の気が失せていた。
気を通り越して、まるでのようなさだった。 見かれた両目は異様なほど見かれ、黒目が刻みに震えている。 元に抱えていた派な胡蝶蘭の束が、音もなく腕から滑り落ち、ステージのに転がった。
「お母さん……?」
私が呼びかけた瞬だった。
母は、まるで弾かれたようにステージを駆けりた。 歳とはえない、鬼気迫る速度だった。 ヒールのい黒いパンプスが絨毯を蹴り、同僚たちのを縫うようにして、直線に私へと突してくる。
抱きしめられるのだとった。 驚きのあまり取り乱した母が、駆け寄ってくるのだと。
だが、私の目のまで辿り着いた母が伸ばした両は、私を抱きとめるためではなかった。
爪がい込むほどのさで、私の首が掴まれた。
「痛っ……! お母さん?!」
「……来ちゃ駄目」
母の唇はに変し、刻みに痙攣していた。 元で囁かれた声は、私がこれまでので度も聞いたことのない、恐怖に引き攣った掠れ声だった。
「何しに来たの……なんで来たのよ……!」
「ちょっと、痛いよ、お母さん! をして――」
母は私の叫びなど切に入っていないようだった。 周囲の同僚たちが呆然とち尽くす、母は私を首ごと力任せに引っ張り、会のではなく、非常のい鉄扉の方へと猛烈な力で引きずり始めた。
広告
「津田さん?!」 「おい、津田さん、どうしたんだ!」
背から男性司たちの狼狽した号がぶ。 だが、母は度も振り返らなかった。 肩をらせ、なりふり構わず、ただひたすらに私をのへと追いやろうとしている。
非常のノブが、ガチャリとい属音をてて回された。 母は私を踊りへと突きばすように放りし、自らもへ滑り込むと、背の鉄扉をい切り引っ張った。
バタン、とな防扉が閉ざされる。
宴会のざわめきと、器の触れう音、司たちの呼ぶ声が、分い鉄の向こう側に遮断された。
暗い非常階段の踊り。 窓のから差し込む夕暮れの赤いが、のコンクリートの壁をたく染めていた。 非常特の、埃と湿気と、わずかな械油の匂いがをつく。
「……何なのこれ」
私は痛む首をで押さえながら、荒い息を吐いた。 首には、母の指の形そのままに赤黒い鬱血が浮かびがっていた。
「何なのって聞いてるの! どうして私がんだことになってるの?! さんのあの言いは何?! 全員、私の顔を見て幽霊でも見たみたいに――」
「帰りなさい」
母はコンクリートの壁に背を預け、両で顔を覆っていた。 その細い肩が、見たこともないほど激しくしている。
「今すぐ、駅に戻りなさい。荷物を持って……幹線に乗って、京へ帰りなさい。
お願いだから」
「帰れるわけないでしょう!」
私は鳴っていた。 りと、困惑と、それ以に訳の分からない寒気が元からいがってきて、膝が震えていた。
「私、休取って、わざわざお祝いに来たんだよ?! 会社のが『にんだ』って言ったの、聞き違いじゃないよね? ねぇ、お母さん、会社で私のこと、んだって言ってたの? なんで? 私はきてるじゃない! ここにいるじゃない!」
私は母の肩にを伸ばした。 だが、母はそのを払いのけようともせず、ただ顔を覆ったまま、ズルズルと壁を滑り落ちていった。
「……言えるわけないじゃない」
母の指の隙から、漏れたのは嗚咽ではなく、乾ききった呟きだった。
「いまさら……きてるなんて……あんな勢ので、言えるわけないでしょう……」
「は……?」
「よ」
母が顔をげた。 その瞳は充血し、涙さえ流れていなかった。ただ、何にも積みなった絶望と羞恥が、その老いた顔の皺のさに刻み込まれていた。
「、あの会社のたちは全員、私が『娘を事故でくしたな母親』だとって、私を支えてくれたのよ。それを……あんたが突然あんなところにてきて……私がどうなるか、わからないの……?!」
を鈍器で殴られたような衝撃だった。
母親が、自分の保のために、娘のを否定している。 その事実が、ゆっくりと、しかし確実に私の脳髄へと染み渡っていく。
。 私がを卒業して、京へてから、ちょうどだ。