"締め出された新社長" 第23話
父は、震える膝にを当て、に落ちた通帳をじっと見つめていた。 その背は、私が子供の頃から見げてきたどの瞬よりも、さく、ひどく老いさらばえて見えた。
やがて、父はゆっくりと顔をげた。 その目には、りも傲さも、跡形もなく消えっていた。 ただ、自らの犯した罪のさと、息子が選び取った過酷なに対する、底れぬ痛と諦だけが漂っていた。
父は着のポケットにを入れた。 そして、真鍮でできた、季の入った本の鍵を取りした。 マスターキー。 柳印刷のすべての扉を、側からけることができる、創業者だけの鍵だった。
カチャリ。
父は、その鍵をガラス扉の元の隙から、側のアスファルトへと滑り込ませた。 属のたい音が、私の靴の先で止まる。
「……直」
父の声は、に吹き消されそうなほどさかった。
「……すまなかった」
、度もに謝ったことのなかった男の、最初で最の謝罪だった。
「会社を……頼む」
父はそれだけ言うと、通帳を拾いげることもしないまま、ゆっくりと踵を返した。 誰にも見送られることなく、丸まった背をさく揺らしながら、搬入のたいのへと消えていった。
創業者の退。 それはあまりにも静かで、あまりにも残酷な、つの代の終焉だった。
午。 の暮れはく、はすでにいのに包まれていた。
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の階、総務経理のデスクで、坂井が震える指でキーボードを叩いていた。 システムの管理者画面。 社員ID「0001」、柳直のステータス画面。
『アクセス権限:止』の文字を、マウスでクリックする。 ドロップダウンメニューから『効』を選択。
坂井はく息を吸い込み、エンターキーを、トンと静かに押し込んだ。
画面の文字が、青の『効(全権委譲)』へと切り替わった。
にいた私は、胸のポケットから、ずっと握りしめ続けていたプラスチックのカードキーを取りした。 角がし擦れ、私のの汗で湿ったカード。
通用の黒いリーダーに、ゆっくりとづける。
ピピッ――。
澄んだ、涼やかな子音が鳴り響いた。 インジケーターが、迷いのない鮮やかな緑に点灯する。
カチャリ。
な磁ロックがれる音が、夕のに響き渡った。 自ドアが、スーッと静かににく。
。 百。 枚のガラスを隔ててち尽くし続けた境界線が、ついに消滅した瞬だった。
だが、私はすぐにを踏み入れなかった。 かれたドアの脇にち、を見つめた。
通用の向こうには、作業着を着た神と奥田、そして坂井がっていた。 そのろには、の段取りを確認するために残っていた社員たちが並んでいた。 誰も歓声をげなかった。拍も起きなかった。
ここから始まるのが、千百万円の負債を背負った、まみれの再建のであることを、全員がっていたからだ。
「……社」
神が、々とをげた。
「どうぞ、お入りください」
「いや」
私は首を横に振った。 そして、かれたドアのフレームをで押さえ、彼らに向かって言った。
「神、奥田さん。先に入ってくれ。曜の葉版への提類、もう度数字を突きわせるぞ。階の会議に持ってこい」
は瞬、驚いたように顔を見わせたが、すぐに力く頷いた。
「はい!」
神が通り抜け、奥田が続く。 社員たちが次々と、しくかれた扉をくぐり、自らの持ちへと戻っていく。 私は最に、そのかれた扉から社へとを踏み入れた。
階の社。 、父がで座り続け、何千何万という決定をしてきたな黒革の子が、主を失ったまま静かに佇んでいた。 デスクのには、埃ひとつないガラス板が敷かれ、かつて父が用していたの万てだけが残されていた。
私はコートを脱ぎ、子の背もたれに掛けた。 だが、その子には座らなかった。
デスクの引きしから、冊の真しい学ノートを取りした。 表をき、胸ポケットから取りした百円の油性ボールペンで、最初のをき留めた。
『社が、決してをしてはならないこと』
、現の技術判断を奪わないこと。 、営業の価格交渉の責任を肩代わりしないこと。
、社員が自らした決定の痛みを、で買い取らないこと。
ペンを置く。 窓のを見ろすと、階の印刷現の窓から、煌々とした蛍灯のが漏れていた。 ガタン、ゴトンと、再びオフセットがきす音が聞こえてきた。 神が持ち込んできた、しい堅メーカーのチラシの夜印刷だろう。
完璧な械の音ではなかった。 しぎこちなく、したい、探りの歯の音だった。 だがそれは、誰の操り形でもない、のが自分たちの志で回し始めた、初めてのきた鼓だった。
私は窓ガラスに額を当て、たい触を確かめながら、静かに息を吐いた。
夜のの向こうで、の排気からちるインキの匂いが、のに乗ってどこまでも流れていった。