"十八年ぶりの切符「次は三人で来い」" 第9話
具はどう、体は痛まない、と聞くべきなのだろう。だが、そんな族として当たりの言葉すら、も親を捨てていた自分にはにする資格がないようにえた。沈黙を埋めるのは、廊を忙しなく通り過ぎる護師のサンダルの音と、くで規則に鳴る医療モニターの子音だけだった。
美が息を詰まらせて座っていると、目を閉じたままの父が、再びポツリとをいた。
「……蒼太は」
そのく濁った言に、美の臓がねがった。自分のを疑い、わずパイプ子から腰を浮かせそうになる。
「え……?」
父のからたのは、度も会わせたことのない、自分の息子の名だった。美は声を擦らせながら尋ね返した。
「ってるの……? お父さん、なんで蒼太の名を……」
父は億劫そうにゆっくりと目をけ、線だけを美の方へと向けた。
「だろう」
当たりのように、学どころか正確な齢まで言い当てた父の横顔を、美は瞬きすら忘れて凝した。
「うん……よ。今、になったわ」
美が無識に頷くと、父は「そうか」とだけく呟き、線を再び曇った窓のへと戻してしまった。それ以は何の説もせず、ただ鉛の空を見つめている。
美の胸の奥で、激しい困惑と抑えきれない疑問が渦を巻いた。美はたまらずを乗りし、問い詰めるように言葉をねた。
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「どうしてってるの? お父さん、蒼太に度も会ったことないじゃない! 私、お父さんとはずっと連絡取ってなかったのに……」
父は自分を勘当し、娘の族のことなど完全に記憶から消しり、憎み続けているとい込んでいたのだ。
父は煩わしそうに眉根を寄せ、ゆっくりと首を振って美を瞥した。
「……母さんが、うるさいくらいに見せてきたんだ」
吐き捨てるような、しかし昔のようなトゲのない声だった。
「おが送ってくる写真だの、賀状だの……届くたびに、茶のの机のにずらりと並べやがってな」
その言葉を聞いた瞬、美の胸の奥をたいでギュッと鷲掴みにされたような衝撃がった。
美はずっと、母が自分からのや写真を父に見つからないよう、箪笥の奥に隠してで楽しんでいるのだとい込んでいた。頑固な父を刺激しないよう、母が内緒で受け取ってくれているのだと信じて疑わなかった。
だが、現実は違っていた。母は美から届く息子の成記録を、枚たりとも隠さず、父の目のに突きしていたのだ。
ハイハイを始めたばかりの蒼太。保育園の運会で転んで、だらけになりながらる蒼太。学の入学式で、真しいきなランドセルを背負って誇らしげに笑う蒼太。の羽織袴、学のしぶかぶかな制姿――美が母宛てに送り続けていた分の記録のすべてを、父はっていたのだ。
「お父さん……見てたの?」
震える声で尋ねる美から、父はばつの悪そうにフイと顔を背けた。
「茶ののテーブルに置いてあったんだ。嫌でも目に入る」
それは、誰の目にもらかな器用な言い訳だった。
本当に美のことが憎く、関わりを断ち切りたいのであれば、母の目を盗んで破り捨てることだってできたはずだ。ゴミ箱に放り込むことだってできたはずだ。「度と戻ってくるな」と酷に言い放った男が、くれたで育つ孫の写真を、ずっと黙って見つめていたのだ。
美の喉の奥から、いものがせりがってきた。
自分はこれまで、父を「血も涙もない酷な」に仕てげることで、実に帰らない自分を正当化してきたのではないか。父が許してくれないから、父が怖いからと理由をつけて、自らの義理から目を背けていただけではないのか。
「……面会、そろそろ終になりますので」
ガラリと病の引き戸がき、夕の配膳カートを押した護師が声をかけてきた。
美は弾かれたようにちがり、涙を悟られないように俯いてくをげた。
「あ……はい、分かりました」
パイプ子を元の位置に戻し、美はベッドに横たわる父の背を見つめた。
「それじゃあ、お父さん。また、退院の迎えに来るから」