"社長夫人と平社員の妻" 第4話
背から伸びてきた麗華のが、私のろ髪を束にまとめ、へ向かって力任せにぐいと引きげた。
「きゃっ……!」 皮が引きちぎれるような激痛がり、私の体はバランスを崩して、のい絨毯のへと崩れ落ちた。膝を打ちつけ、首が制にのけぞらされる。
「私は社夫よ。おは奴隷」
見ろす麗華の元が、醜悪な歓に歪んでいた。 「放してください……!」 「放す? 誰に向かって指図しているの? この会社で、あんたのち位置が番だということを、体で覚えなさい!」 「痛いです……!」 「ほら、膝をついたままご挨拶なさいよ! せっかく皆さんが見てくださっているのだから、見事なお辞儀を見せてちょうだい!」
周囲にいた幹部社員の妻たちが、声にならない息を呑んだ。 だが、誰として止めに入ろうとはしない。取り巻きの女たちは、扇子やハンカチで元を覆い、肩を揺らして笑いを噛み殺している。
髪を引っ張られる肉体な痛み以に、この女がの尊厳を踏みにじる為を、何の躊躇もなく、息をするようにやってのけたという事実に、私の背筋は氷で洗われたようにえ切っていった。
「悔しかったら、あんたの旦も世しな。平社員の奥さんが、私と対等に振るうなんて、百いのよ!」
私は奥歯を噛み締め、痛みに耐えながら、両をげた。
広告
自分の髪を掴んでいる麗華の細い指に、私の指を本ずつ添える。そして、静かに、だが決してれない力で、彼女の指を本ずつ引き剥がしていった。
暴力に暴力で返すつもりは毛なかった。 乱れた髪の隙から、私はゆっくりと顔をげ、麗華の勝ち誇った瞳を、真正面から見据えた。
「――では、社を解任します」
麗華の喉から、の抜けた音が漏れ、が半きになった。 そして、次の瞬――。 彼女は腹を抱えるようにして、けたたましい切り声をげて笑いした。
「解任!? あはははは! あなたが? 平社員の妻の分際で、うちの主を解任ですって!?」 麗華は取り巻きたちを振り返り、涙を拭う仕をしてみせた。 「お聞きになって皆さま! この方、うちの主を社の座から引きずりろすんですって!」 ドッと、周囲から哄笑が巻き起こる。
麗華は肩を揺らしながら、再び私へと酷な線を向けた。 「冗談がおね、平社員の奥様。ご主にでも頼んでご覧なさいな!」
この女は、自分が今、誰に対して、何をったのか、何つ分かっていない。 私はからちがり、指先で乱れた髪を静かにえると、誰にもをげることなく、宴会をにした。 背からは、いつまでも品な笑い声が響き続けていた。
婦会から帰宅し、夕を済ませ、娘を寝かしつけてリビングに戻ると、夫の健が仕事着のジャンパーも脱がずに、暗い部のテーブルで待っていた。
テーブルのの急須から、細い湯気が頼りなくちっている。
「……遅かったな」 「ええ」 私は夫の向かいのパイプ子に腰をろした。えた指先を、温かい湯呑みに添える。 「取り巻きので、髪を掴まれたわ。『奴隷』って言われた」
私の言葉を聞いた瞬、夫の喉仏が激しくし、息が浅くなった。湯呑みを握りしめる夫の拳に、青筋がくっきりと浮かびがる。 「……そこまでされて、よくしたな」 「そので取っ組みいになれば、学で娘に返ってくるもの。するしかなかった」 「あのたちは、それで済んだとってるんだろうな」 「ええ。でも、同じ暴力や罵声で返すつもりはないの」 夫が顔をげ、私の目をじっと見つめた。 「……じゃあ、どうする?」 「私たちには、もっと正しく、度とちがれない方法が、最初から揃っているもの」
淡々と話す私の声の端が、微かに震えていた。りではない。積の決が、ついに形を得た武者震いだった。 夫は湯呑みを静かに置き、く呟いた。 「……先代が残してくれたものを、使うんだな」 「ええ。けずに済むなら、その方が良かったのだけれど」
私はちがり、寝の古い桐箪笥へと向かった。 引きしの最段、仕い込まれた類の奥から、茶く変した通の分い封筒を取りす。 封筒の封じ目には、私の父――この会社の創業者であり、先代社であった父の実印が、朱も鮮やかに押されていた。