"顔合わせのすっぽかしと五通の裏切り" 第1話
元で、膜を劈くような属な子音が途切れると同に、荒々しい男の声がスピーカーから溢れしてきた。
「集過ぎてるぞ! く来い! 俺の嫁になる自覚があるのか!? 調子に乗るな!」
スマートフォンの受話から漏れる音量は、静まり返った私の部の空気を無慮に震わせていた。画面に表示されている計の数字は、待ちわせとして指定されていた刻をわずか数分過ぎたところを示している。
そのは、私と婚約者である弘、そして互いの両親が堂に会する、結婚を提とした「両顔わせ」の当だった。 所は都内の等に佇む級料亭の個。弘側の希望で数週もから予約され、格式い懐料理が振るわれるはずになっていた。 だが――私は、そのにを運んでいなかった。 それどころか、支度こそえていたものの、自宅の自にある製のデスクのに腰をろし、きつ取らずにいたのだ。
顔わせのにかなかったことに対し、話の婚約者から激しい調で方に責めてられる。気を含んだその声には、自分を待たせていることへの苛ちと、私を見すような傲さが隠しようもなく滲みていた。 だが、私が顔わせのにかなかったことには、決して過することのできない確な理由があった。
広告
私は乱れそうになる呼吸をえるため、度ゆっくりと息を吸い込み、吐きした。膝ので固く握りしめた拳の力をわずかに緩め、スマートフォンのマイクに向かって、努めてを交えない平坦な声音を作って問いかける。
「ねえ……なんで私がそっちにかないか、当たりはないの?」
私が平静を装いながら投げかけたその言葉に対し、弘はち止まって考える素振りすら見せなかった。受話器の向こうから、舌打ちの鋭い音がチッと響いてくる。彼は私の質問のを推し量ろうともせず、さらに苛ちを募らせた様子で声を荒らげた。
「当たりだと!? 顔わせのに来ないに、俺に説教でもするつもりか! やっぱりおは調子に乗ってるな!」
自らの非を疑うことすらなく、すべてを私の怠と傲さのせいにして非難し続ける。 きっと彼は、この話の内容を私しか聞いていないとい込んでいるからこそ、そこまで横柄で尊な態度を取ることができるのだろう。自分が常に優位にっており、私が彼の嫌を損ねることを恐れていると信じて疑っていないのだ。
私は受話器を握りしめたまま、その底の浅い傲さに呆れ果て、静かに、くため息をついた。 その瞬だった。
私のすぐ隣で、押し殺した気配を漂わせながら会話のすべてにを澄ませていた父が、弾かれたようにを乗りした。
父の太い指が私のからスマートフォンを力任せに奪い取ると、通話に向けて鳴のような声を叩きつけた。
「調子に乗ってるのは、おの方だ!!」
部のガラス窓がビリビリと震えるほどの、凄まじい気だった。 話の向こうで、それまで喚き散らしていた弘の息がピタリと止まる気配が伝わってきた。数秒の沈黙の、受話器からけないほどずった掠れ声が漏れす。
「え……お、お父さん……? ど、どうして……?」
父が話にた途端、弘はさっきまでの威勢がどこへ消え失せたのかとうほど狼狽し、急激におとなしい声へと変貌していた。その声の急変ぶりは、滑稽ですらあった。 父は眉にい皺を刻み、鋭いで虚空を睨みつけながら、容赦のない言葉を浴びせかける。
「紗栄に話していたのような威勢はどうしたんだ! それより、今は両顔わせなんだから、父親である俺が紗栄と都をわせて緒にいたとしても、何らおかしくはないだろうが!」
「ええ……あ、ああ、そ、そうですね……」
父の徹なに、弘は完全に取り乱し、しどろもどろになって言葉を濁らせる。 普段、私に対して見せている圧な態度は見るもなく、者に対しては骨に委縮する。弘という男が、いかに内弁慶で器のさいであるかが、その怯えた声つで痛いほど呈していた。