みかん小説
本棚

"十年介護と九千万円" 第20話

黒いの匂い。 ぶりに嗅ぐ、次亜塩素酸ナトリウムの混ざっていない、清らかなのりだった。

「枝さーん、お茶入りましたよ」

縁側から、るい声が響いた。 振り向くと、エプロン姿の千が、湯気のつ急須をにして微笑んでいた。

あの以来、千は迫の息子と正式に婚し、護師として茨の総病院へ転職していた。 休みのたびにこうして、私の実へ顔をしてくれる。

「ありがとう、千さん。今くわ」

私はちがり、庭のでを洗った。 赤黒く腫れがり、パックリと割れていた指先のあかぎれは、半というのでしずつ癒え、柔らかな皮膚が戻りつつあった。

縁側に腰をろし、温かい緑茶をすする。

先週、神保から裁判の報告が届いていた。 森田宏には、の盗殺および今回の殺未遂、印公文偽造等の罪で、無期懲役の判決がった。 法廷で森田は、終始うつむいたまま、度も顔をげなかったという。 迫は実刑判決を受け、刑務所に収監された。 麻美も執猶予付きの罪判決を受け、全財産を差し押さえられて自己破産した。

奴らにされた法な報い。 だが、それを聞いても、私のに歓や復讐のは湧かなかった。 ただ、「終わったのだ」という、静かで底のい堵があるだけだった。

「枝さん、お昼、何にします?」

千が台所を覗き込みながら尋ねてきた。

「そうね……」

私は自分の両を見つめた。 誰かの排泄物を洗うためでも、誰かの顔を伺うためでもない。 私自の志でく、私の。

「卵焼きを焼くわ」 私は微笑んだ。

「甘いやつ。お母さんが昔、作ってくれたみたいに、し焦げ目がつくくらいの、温かいやつをね」

の柔らかな差しが、庭の壇を黄く染めていた。 へ続く本を、穏やかなが駆け抜けていく。

私の本当のが、いま、静かに始まろうとしていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: